ベクター・ネットワーク・アナライザ
個人でも持ちたかったのですが、高価なのでとても手が出るものではありません。 しかしいまでは 1GHz 程度まででしたら精度がそこそこのものが手に入るようになりました。 右図のものです。
SDR-Kits と呼ばれるものです。 数年前、円高(80円/ドル位)でしたので英国からの直輸入で安く入手しました。
http://www.sdr-kits.net/
これはパソコンの USB 端子につないで、電源を USB からもらい、出力は音量として USB に返してやる仕掛けです。 従ってパソコン側に制御を行うソフト(DG8SAQ:無料ダウンロード)が必要になります。
ちょっと面倒なのは、PC には音を与えたり受け取ったりするデバイスがたくさんありますので、その選択や、送り/受けの選択を間違えると動かないことです。 また音量もうまく設定しないと飽和してしまいます。
今回の記事は、このベクターネットワークアナライザ(以下 VNA)を使う上で重要なキャリブレーションの話と、 S11 を使った、二端子素子のインピーダンス測定方法と、S21/S11 でフィルターの通過特性/反射特性の測定の紹介をしてみたいと思います。
VNA は測定器と PC だけでは動きません。 DUT に接続するためのケーブルと SMA コネクタ、及びとても大切な Calibration Kit が必要です。
まずケーブルです。
同軸は何百種類もありますから、要件を挙げて探します。 測定に使いますのでフレキシブルであること、ロスが少ないこと、曲げても安定なこと、 50 Ωであること、です。 テフロンが良いのですが、芯線がスチールになったりして曲げにくい物ばかりです。 たとえば私が使っている RG-142B/U は絶縁材が PTFE で損失が少ないのですが芯線が SCCS(Silver Coated Copper Clad Steel) で曲げにくいですね。 ポリエチレンで我慢すると、コネクタが標準のもので、使いやすい太さで、曲げやすいものですと Times 社の LMR-195 があります。 そのタイプで LMR-195-UF はさらに半分の力で曲げることができますが、 ストランデッドの芯線なので Z0 が安定しないでしょうから避けた方が良さそうです。 195 は標準品ですので適合するコネクタ類が豊富に出回っています。
長さはまあ 30cm か40cm 位のものを2本用意します。
Times の LMR-195 Spec: http://www.timesmicrowave.com/products/lmr/downloads/10-11.pdf
こういったものを購入するときは、私は Freeman Anderson & Bird という会社から買っています。 数回商品を買いましたが事故はありませんでした。
Freeman Anderson & Bird: http://www.fab-corp.com/product.php?productid=714&cat=252&page=1
SMA コネクタは、できれば金メッキした物の方が良いでしょう。 インシュレーションに隙間を作ったりしないように、ゴムやワッシャの入れ場所を間違えないように、きちんと組み立ててください。
次は Cal-kit です。
Cal-Kit は測定の基準となるものですから、絶対に必要なもので、正確でないといけません。
購入しても良いのですが、1GHz 程度の低い周波数ですので自作したものを使いました。 実はアジレントを使っていたときに作ったものです。
作成したものは、ジャック型の Open と Short と Load です。 Through はアダプタをそのまま使います。
参照面 (Calibration Reference Plane)(後述)は使い勝手を考えて SMA ジャックの、半田付けをする面としました。 測定の時にこの面なら一般的でしょうから。
ショートもオープンも抵抗の取り付けも、この面を基準に行います。
Open と Short の作成はそれほど難しくありませんので後回しにして、Load の作成についての注意点からです。
正確な 50 Ω負荷です。 浮遊の容量やインダクタンスや時間遅延は極端に少なくなるように作成します。
取り付け時は、抵抗の、抵抗体が焼き付けられている面を下側(コネクタ側)にして取り付けます。 これは L 分を少しでも少なくするためです。
右の図は半田付けしたところですが、中央のハンダの量が多くてここに容量が発生しています。 そこで精密やすりで仕上げます。
これでいいでしょう。
最後にカバーを付けて、ものが触らないようにしておきます。 抵抗値を測定するときは十分冷えてからにします。 仕上がりは 49.98Ωでした。
Open は芯を参照面でスパっと切断し、精密やすりで仕上げます。
Short は銅板をドーナツ状に切り、端子間を完全にカバーして半田付けします。 磁性材は避けます。

Through はアダプタそのものですが、実は 3.2mm (15ps)長すぎます。 補正してやらねばならず、ちょっとだけ残念です。 オープンと同じものを二つ用意して半田付けする方法もありますが、かなり難しいでしょう。
ここでちょっと重要な概念である参照面(較正面、Calibration Reference Plane)について述べておきます。
右図を見てください。業界では外側の金属が当たる面を参照面としています。 ですが、我が家ではそこから 7.6mm 右に行ったジャックの出口に統一しました。
S11 の測定の時、この面に DUT を取り付けると直ちに値が分かるから便利だと思ったのです。 もちろん正規の Cal-Kit との差は把握しておきます。
7.6mm は遅延時間にして片道 36ps の差に相当します。
この移動によって、較正ジグの補正項がぐっと楽になりますし、測定時に測定ジグの De-embed が楽になります。
それでも若干の補正項が存在します。 Open では芯の末端から外へ電気力線が漏れ出していますからここに浮遊容量があります。 (まあ 0.1pF といった値) これを逃げるには、芯を少し(0.数ミリ)短くすればいいですが、遅延時間に負の補正項が入ります。
Short ではショートしている銅板を電流が流れたときに磁束を作りますから浮遊インダクタンスがあります。 ただし、上の図のように作ると磁束が作られにくいですからずいぶん小さい値になってくれます。
Load では抵抗体が持つ浮遊のインダクタンスと、浮遊容量が存在します。 ほんとはドーナッツ状の薄膜抵抗がほしいところですね。
まあ上記のように較正ジグを作ると、1GHz の様な低い周波数ではこれらの項は無視できるでしょう。
遅延時間の補正項は参照面の移動によってほぼ無くなります。 (こんな無茶をやるのは私だけかな?)
コネクタは手で締めるだけでなく、最後はスパナを使って、10cm 位のところを 300g重位 (3N位)の力で「クッ」と締めておきます。 (0.45Nm のトルクレンチが売られていますが1万円ぐらいです) 中のシリコンゴムが押し込まれて接触面がしっかり当たります。
キャリブレーションに関しては次のサイトが比較的詳しく解説してくれています:
THE IMPORTANCE OF USING CALIBRATION STANDARD DEFINITIONS FOR A VECTOR NETWORK ANALYSER
http://chemandy.com/technical-articles/calibration-standards/calibration-standards-article1.htm
http://chemandy.com/technical-articles/calibration-standards/calibration-standards-article1.htm
下の図は、キャリブレーションを取った後補正項を入れないまま、Load のジグ自体を測定した S11 とインピーダンスの実数部と虚数部 のグラフです。 100kHz から 1GHz までスイープしています。
Smith Chart も入れていますが、ピンクの1点だけなのでよく見ないと分かりません。

キャリブレーションをしたジグ自体を計るわけですから、良い値が出るのは当たり前です。 機械自体の安定性を計っているわけですから。 S11 は100MHz で -80dB 以下です。 ばたばた上下しているのは機械の残留ノイズになります。 400MHz 以上で上昇するのはこの機械の限界を示しています。 まあお値段から言うとすばらしいでしょう。
なお、測定値はアベレージングを行っており、上下の振れが少し少なく見えています。
続いて、2端子素子のインピーダンスを測定する例をお話しします。
ポートは一つだけを使い、DUT から戻ってくる反射(S11)を測定して、その S11 から DUT の複素インピーダンスを計算で求めます。
使った DUT のサンプルは逆ピエゾ素子(圧電アクチュエータともいう)で、精密な機械変位を起こさせる部材です。 光ファイバーを通る光の波長を選択する素子(Tunable Filter)です。 圧電素子を何層にも重ねて、変位量を稼ぐように作成されていますが、重ねるとキャパシタンスが大きくなりますから高い周波数での駆動が難しくなります。 また、機械系なので共振点での特異な振る舞いもあります。
測定するには接続しなければなりませんが、SMA ジャックから 5cm ほどのリード線を出してつなぎます。 さらに、素子に直流電圧をかけた時は特性が変化しますから、それも測定するなら途中に BIAS-T の回路をかませます。
BIAS-T については以前にいくつか記事を書いていますね。 これ(ParaCap.htm)とか、これ(PRBS-Sag.htm)とか。
測定するとそのリード線と BIAS-T のインピーダンスが直列/並列に含まれてきますから、あらかじめ先端をショートした時とオープンにしたときのインピーダンスを測定しておき、 DUT をつないで測定した値から差し引いてやります。 もちろんすべて複素数の世界です。 それが面倒な人は、リード線の先端を参照面にするようにして Short、Open、Load の状態でキャリブレーションをし直してやると VNA が自動的に補正してくれます。 その方が楽でしょう。 もしそうするなら、Load の抵抗は小さくて L 分のないものを選んでキャリブレーションしてください。

まず付帯インピーダンスが含まれたままの(「我家の参照面」からの)特性は右図のようになっています。
それで、この時の S11 の実数部と虚数部の値を Touchstone format (CSV みたいなもの)ではき出してやります。 出てくるのはスペースで分離されたテキストファイルで、.s1p という拡張子がついています。
ここで気をつけることは、出てくるのがインピーダンスではなく S11 だということです。 それをエクセルに取り込んだ後、次の式でインピーダンスに変換します。
1 + S11
Z = 50 * ---------
1 - S11
もちろん Z も S11 もベクトル(複素数)です。

参照面をリード線先端に移動していないときは、ここから、さらにあらかじめ測定しておいたリード線を含む BIAS-T のインピーダンスを差し引いて
De-embed します。 そうやって計算したものが右の図です。低い周波数では容量性であり、50kHz で基本の機械共振点があることが分かります。
低い周波数での R 分はリアクタンスがあまりにも大きいためマスクされたための誤差です。
言い忘れましたが、VNA の内部で中間周波数として 1.2kHz が使われています。 そのままではこのような低い周波数での測定はできません(1.2kHz に大きなビートが出る)。 そこであらかじめ中間周波数を 500Hz 程度に落としておくことが必要になります。 低い(1kHz)周波数での R のばたつきは中間周波との干渉のせいもあります。
Z
の絶対値は右の図です。
ついでに等価回路を考えて作成しました。 青い線です。
L、C、Rの値はその素子業者の了解を得ていないのでここでの公開を控えます。三倍の共振まで入れた等価回路も作りましたが、複雑なので省略します。
最後に S21 と S11 の双方を計ってみます。

何か例を作って S21 を測定してみますが、その前に VNA の受信側のポートはどんなインピーダンスでしょうか。 直接計ってみました。 右の図はちょっと変更を加えた後なので少し違っていますが、まあこんな様子です。
あまり感心できませんね。 S11 が低い周波数でも(手を加える前は)-43dB しかありませんでした。
そこでちょっとだけ改造してみることにしました。RX の入力回路のターミネーションは右図のようになっています。
1608 の表面実装抵抗ですのでおいそれと取り外して測定はできません。 それで、各抵抗の両端での抵抗値(RaPなど)を計り、 Ra から Rd までの値を計算で求めることにします。 未知数が4つで式が4つできますから計算できるはずです。 ちょっと面倒だったのですが力ずくで求めました。
私の場合は: Ra=99.11、 Rb=32.98、 Rc=32.81、 Rd=32.99 でしたのでターミネーションは 49.47Ωで、計算上は S11=-45dB になります。 ここから Ra を交換するとなると 101.25Ωのものが必要です。 手持ちにありません。 いくつか 100Ω を計って、一番大きな 100.1 を入れてみましたが、実測で -48dB にしかなりませんでした。 上の図はその時のものです。
なお、部品を入れ替えるなら注意してください。 ハンダの盛り方が異なると浮遊容量と浮遊インダクタンスが異なり、1GHz 付近の特性が変化します。 ですから、直列に 0.56Ω を入れてやろうなどと考えないことです。
DUT の例として、キャパシタ1個で作れる3次のフィルタを作ってみました。 下の写真です。 30pF のセラミックキャパシタのリード線を若干残して 300MHz に共振させるようにすると面白そうな特性になります。
Model は右側の図です。
Model

Through のキャリブレーションを取った後、実際に測定するとこのような特性が出ます。低い周波数での S11 が良くないのはこの機械の Rx ポートの特性です。
データをエクセルに取り込んで Model の伝達関数と重ねてみると右の図のようになりました。
これは肩の特性がバタワースより少しだけ緩くなった形状です。 300MHz に Null が見事にできています。
1GHz あたりで波打っていますが、これはフィルタの右側から Rx ポートまでの間の同軸ケーブルと、
Rx ポートの不整合によって発生したわずかな共振です。 やっぱりちゃんと改造した方が良さそうですね。S11 は以前、Sink Filter でお話ししましたようにほとんど反射されてきている様子が観察できます。
安く入手できる VNA のご紹介をしました。 宣伝をするわけではありませんが、よくできた製品です。 高周波の取り扱いもよくできています。
諸兄のご参考まで。
[参考]
1.SDR-Kits の Forum はこちらです ==> https://groups.io/g/VNWA
上記の 1.2kHz の件など、何度かこの VNA の設計グループの方に助けてもらいました。
2.Cable に関する2ページの簡単な読み物です:
Choosing Optimal Cables & Connectors
そこからさらにいくつかリンクがありますから参考に。

[補足]
逆ピエゾ素子のインピーダンスを測定したときの、リード線(プローブ)や BIAS-T のインピーダンスを De-embed して差し引く手法は右の図の通りです。
Z1、Z3、Z9 は「我家の参照面」からの測定値です。
もちろんその参照面でのキャリブレーションは事前に取られているものとします。
