無反射ガウシアン LC ローパスフィルタ
伝送線の途中にローパスフィルタを入れたいときがあります。
途中ですから、反射を起こしてはいけません。 ところが、通常の LC フィルタは、その構成上必ず反射を起こします。 これを何とかしてみましょう。 吸収フィルタ(Sink Filter, Absorptive Filter)への挑戦です。
事前の知識:

右の図は一次のローパスフィルタです。 C のリアクタンスは周波数が高くなるとどんどん小さくなって、伝送路をグラウンドにショートしたことになります。 そうすると信号はRl の方に行かなくなって、ハイカットになるわけです。
で、ここでの問題は、 Zin を観察すると高い周波数で 0 に近くなりますから、反射が起きてしまうことです。
もう一つ、今度は L を使って右のような回路を考えます。 これも一次のローパスフィルタです。L のリアクタンスは周波数が高くなるとどんどん大きくなって、信号を通さなくなります。 つまり、伝送路をちょん切ってしまうのです。
通らなかった信号はどこに行くかというと、実は、すべて送信側に反射してしまうということなのです。
信号源から見るとゆゆしきことですね。
LC フィルタが、特定の周波数の信号を通さないということは、反射している、ということなのです。
それでは本題:
上の2つ目の例をつかまえて、どうすればいいかを考えます。高い周波数で開放になるのですから、並列に補償回路の枝を入れて、高い周波数で Rl と同じインピーダンスになるようにすればいいでしょう。
右の図です。
ZinL が高くなる分を、Zcomp で低くするわけです。 結果的に Zin を常に Rl と同じ値とすることができます。
めでたし、、、、というわけにはいきません。 次数が高くなると事はそう簡単ではないのです。
ここでちょっと、今から使う S パラメータについて解説しておきます。いま、何でもいいネットワークがあって、入出力 2 つのポートがあるとします。 Port1 に入っていく信号を E1in とし、Port1 から出て行く信号を E1out とします。 Port2 の信号も同様に E2in、E2out を定義します。
Port1 に信号を与えて、Port2 にその一部が出てきたとき、それらの電圧を測ります。 E2out/E1in の比を S21 と定義します。 複素数なのですが、通常は絶対値にしてからデシベル(ログマグ(logmag)という)で表します。
このとき、E1in は与えた電圧であって、反射分(E1out) は含みません。 ですから単に Port1 端子の電圧そのものではなく、測定するには SWR メータと同じように分離する回路が必要です。
S21 はインサーションロスとも呼びます。
Port1 に入力した電圧に対して、 Port1 から反射してきた電圧がありますから、その比(E1out/E1in)のログマグを S11 と定義します。 リターンロスとも呼びます。
同じように、Port2 に与えて Port1 に出てくるものを E1out/E2in のログマグで S12 と定義します。
Port2 に与えて Port2 から帰ってくるものを E2out/E2in のログマグで S22 と定義します。
行列式で書くと、ログマグにする前では
ですが、このSの部分を散乱行列 (S行列、scattering matrix) と呼びます。
ポートの数が3つ以上になっても同様の定義をします。
S パラメータを効率よく測定するにはベクトルネットワークアナライザを使います。
私達の課題は、S21 が適切な周波数特性を持ち、かつ、S11 が非常に小さいこと、です。
同時に、右側の伝送路の終端から反射がやってきますから S22 も小さい必要があります。
同時に、右側の伝送路の終端から反射がやってきますから S22 も小さい必要があります。
一生懸命探しましたが、回路形式(トポロジー)と、設計手法は見つかりませんでした。 ですので独自に作ってゆくことにします。
伝送路がパルスを運ぶものであるときは、フィルタの特性はベッセルかガウシアンであることが一般的です。 また、次数は要求に合わせて 4 次から 7 次ぐらいのものが使われます。 今回は5次のガウシアンに挑戦してみます。
右の図はベッセルのLC 5 次のフィルタの例です。L 入力ですので、高い周波数で入力インピーダンスが高くなって反射がおきる事が分かります。
また、S11 も S22 も小さくするためには入力と出力の両方に補償回路を入れなければなりませんが、 この定数を見ると左右対象ではありません。 補償回路の設計は困難になるでしょう。
そこで、この回路のトポロジーはそのままで、回路定数を左右対象にします。L1 と C1 は同じ値を右にも左にも使います。
さらに、入力端と出力端に、同じ回路と定数を持つ補償回路を入れます。
その補償回路はいくつか試しましたが、本体内部のポールが多いのでやや複雑なこの回路に落ち着きました。
最初は L8 と R8 は無かったのですが、遷移域で Zin が1 からだいぶ外れましたので C9 と共振するような L8 を入れてこの周波数で R8 に吸収させようというわけです。
補償回路だけではだめで、L1 と C1 の共振点などでインピーダンスが低下しますので、それを若干殺すためにシリーズに R1 を入れています。 このため、フィルタの裾の方で -80dB 以下の特性が犠牲になります。 (非常に高い周波数で L しか効かないので 3 次の傾斜になる)
この回路で S21 と S11 を観察しながら、S21 を理想のガウシアンに近づけ、かつ S11 が低くなるような定数を探していきます。
右の図は ZinL と Zcomp と Zin の周波数特性です。平坦に 1 になるように定数を決めていくわけですが、定数を動かすと S21も変わりますのでかなり困難な作業になります。
じっくり腰を据え、一週間ほどかけて見つけたのが次の値です。
L1 = 0.77
C1 = 0.83
L2 = 0.77
R1 = 0.26
C9 = 0.48
L8 = 0.77
R8 = 2.3
R9 = 1
L1、L2、L8 に同じ定数を使って部品の手配や在庫管理がしやすいように配慮しました。
その特製は下の図です。

S21 は -65dB 位までは5次のリニアフェーズフィルタにほぼ合致しています。
S11/S22 は -25dB 以下になりました。
ついでに群遅延特性も計算しておきましたが、非常によい特性をしています。 パルスは型崩れしないでしょう。
ちょっと Picosecond 社の製品 PS9 と比較しておきます。 PS9 は 9 次のローパス LC フィルタで、反射を無くすように設計されたものです。
グラフには5次のリニアフェーズフィルタと5次のベッセルフィルタも入れておきました。
群遅延特性グラフは落ち方が比較できるようにノーマライズしてあります。
グラフの中の「LinPhase」と書いてあるのは、「Linear Phase, Symmetrical Chebyshev Equiripple Error Filter, error 1%」という長い名前のリニアフェーズフィルタ(ガウシアンフィルタ)です。
上で作成した Sink Filter は S21 も S11 も群遅延も Picosecond よりも良くなっています。 また、S21 と群遅延はベッセルよりも良く、リニアフェーズフィルタと同等です。
これらの図中の PS9 のカーブは下記参照1の文書から目分量で(かなり正確に)読み取ったものです。
S11 のグラフにベッセルフィルタを書き込んでありますが、すべての(補償回路のない) LC ローパスフィルタは次数に関係なくこのカーブにとても近い形になります。


[関連記事]
無反射ガウシアン LC ローパスフィルタ - その2
Zobel Network で完全無反射フィルタ
[参照]
1.Picosecond社の Application Note: http://www.picosecond.com/objects/AN-07a.pdf
2.forum での議論
[余談]
S パラメータの解説で S11 のことを「Return loss」と呼ぶこともある、といいましが、S11 は一般的には負の dB で表記することに対し、 Return loss というときは(loss ですから)負の符号を取って表記することがあります。 そうでないこともあります。
例: S11= -20dB, 同じ事を Return loss= 20dB
厳密さを欠くこともありますがまあ大目に見てください。 Insertion loss も同様です。
