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伝送線トランス Transmission Line Transformer

Joule Thief の記事の中で伝送線トランスについて簡単に記述しましたが、その詳細についてここに記しておきます。

最初にお断りしますが、以下の実験で使っているトランスの巻き線は全て 350mm の長さです。 200MHz 程度の 1/4 波長になります。  これは、測定器の都合でそのようにしました。
使った測定器は、以前記事を書いた SDR-Kits の Vector Network Analizer です。  項目は S21 を指標としました。

まず VNWA をキャリブレートします。  あらかじめ、通常の Through までのキャリブレーションをしておきます。
次に、右の図のようなジグを作成し、1GHz まで問題が少なくなるような構造にしておきます。  1.5mm 間隔の測定ポイントを作り、ここに細いジャンパーを半田付けした後、ジグの特性をディエンベッドします。  つまり、この状態のままで再度 Through のキャリブレーションをするわけです。  まあほとんど動きませんが、それでも 1GHz で 0.2dB ほど低下していたものが補正できます。
下の図はキャリブレーション後の S21 です。 横軸は 100kHz から 1GHz までのスイープで、縦軸は1目盛り 1dB です。  このページのグラフは全てそのスケールです。


1.通常の別巻き線トランス
基準として、磁束だけの結合となる、2つの巻き線が独立しているトランスの特性を調べておきます。 コアは比透磁率が 70 程度のものです。
φ0.5mm で、350mm のワイヤは13回巻けました。 自己インダクタンスは 8.12uH で、980kHz で 50ohm のリアクタンスになります。
伝送特性(S21)は次のようになりました。 ずいぶん悪いですね。

低い周波数での落ちはインダクタンスが足らないことによるもので、高い周波数での落ちはコアの特性によるものです。


2.ワンターン伝送線トランス
2本の線を撚って結合させ、ワンターンで磁束を作り伝送してみます。 右図です。 自己インダクタンスは 0.38uH で、リアクタンスが 50ohm になる周波数は 21MHz です。 この Twisted Pair を伝送線としてみたときの特性インピーダンスは 35 ohm でした。
この場合は、入出力端子をどのように取るかが問題となりますので、両方について実験してみました。
まずこの結線です。
仮に Reverse という名前を付けておきます。 結果はこの通りです:

入力端と出力端は同相になり、終端に対してインピーダンスが周波数で大きく変わって、電磁界が線間にはいりこめない周波数があるようです。  問題です。
それでは逆につないでみます。
Forward と名前を付けましょう。 結果はかなり改善されました。

これで「Forward はうまく結合し、Reverse は結合できない」ということが分かりました。  以下の実験ではすべて Forward でつなぎます。


3.空芯コイル
350mm のバイファイラを直径 12mm 程度で巻いてみます。 9T になりました。
自己インダクタンスは 0.66uH で、12MHz で 50ohm のリアクタンスになります。
伝送特性は次のようになりました。 ワンターンより少し改善しています。



4.トロイダルコアを使ってみます
実験1で使ったコアにバイファイラ(Bi-Filar)の線を巻いてみます。 同じ 13T ですから自己インダクタンスは変わりません。  8.12uH です。 50ohm 周波数は 980kHz です。

ずいぶん帯域が広くなりました。
しかし、このコアは損失があるようですね。 中域が上がりきりません。


5.もっとインダクタンスを
自己インダクタンスが大きくなると低い周波数に伸びていくことが分かりました。  そこで、実験3で使った空芯コイルに、大型の中波のラジオに使うフェライトコアを差し込んでみます。  インダクタンスは 10.6uH で、50ohm の周波数は 750kHz になります。 このグラフでは、750kHz で 1dB 落ちですね。

Z0= 35 ohm ですが、この程度のミスマッチの時は、上限が 1/4 波長辺りまで使えます。


6.透磁率の低いトロイダルでは
μが 8 のアミドンのトロイダルに17回巻いてみました。  インダクタンスは 1.6uH で、50ohm の周波数は 4.9MHz です。
その周波数では 1.4dB ほど落ちています。

インダクタンスが小さくなると低域カットオフ周波数が上がってくることが確認できました。


7. ついでに Coax で実験
思いついて 50 ohm のマイクロ波用の Coax を巻いてみました。 整合がとれそうだったのです。 8T で 5.3uH です。  リアクタンスが 50 になる周波数は 1.5MHz でした。
なかなかいい特性をしています。

マッチングがとれると上限の周波数は 1/4 波長より上まで行きます。 (非常に高い周波数では末端の処理の影響が出ています。)   芯線は細いのですが銀メッキをしてあるので表皮効果は少なくなって、中域から高域にかけてのだらだら下がりが少なくなっています。
高域はマッチングがとれていないバイファイラより良くなりますが、太くなるので巻数が少なくなり低域は不利になります。  またコストは高くなります。


8. 特性インピーダンスを上げると
実験5も6も使用したウレタン線は φ0.5mm のものです。  上記の Coax が高域でいい特性だったことを考えると、Z0=35 というのはミスマッチのような感じがします。
そこで、それを検証する為にわざと高い特性インピーダンスの Twisted Pair を作成し、実験してみます。  この右のワイヤは30番線の上に樹脂の絶縁層をもうけたもので、線間容量が小さくなりますので特性インピーダンスが上がります。  測定すると 115 ohm でした。 これを使うと次のようになります。

高域ががた落ちになります。 


9.特性インピーダンスを下げると
うんと下げてみることにします。  Quadfilar (Quadrifilar)にして、両端とも対角にある線を並列につなぐと、インダクタンスが下がるうえに、 線間容量が4倍になりますから特性インピーダンスはうんと下がります。 右の図です。


Quad の断面はこのようになっています。 特性インピーダンスは 15 ohm ほどになります。
撚るのに苦労しましたが、何とか完全な Quadfilar の線を作って、上記の実験5と同じような状態にしました。
結果は下の図です。

高域が全滅です。 やはり低すぎるのもいけません。   入り口のところで反射が出てしまい、トランスの中に電磁界が侵入できませんから、S21 に繋がりません。  50 ohm に揃えるべきでしょう。  「伝送線」トランスですからね。


まとめ
* バイファイラ巻きにすると広帯域にできる。
* バイファイラの特性インピーダンスは、使用する環境のインピーダンスに合わせる。
* 下端の周波数は自己インダクタンスが測定系の特性インピーダンスと同じ値のリアクタンスになる辺りにある。
* 上限の周波数は巻き線の長さが 1/4 波長になるような周波数辺りにある。 インピーダンスが合っていると、もっと上まで行く。
* 結線は、入力端の隣の線を接地する。
* スペース巻きにする。 特に、撚っていない場合は密巻きにすると1周前(か1周後)の巻線と容量結合するので進み成分(または遅れ成分)が入る(高域減衰要因)。
* バイファイラの代わりに Coax でもいい特性が得られる。
* 各種の教科書では使う線の長さは λ/8 程度にするように書かれているが、特性インピーダンスを合わせると λ/2 でも大丈夫。  言い換えると、巻き数が増やせるので低域をうんと伸ばすことができる。

低い周波数帯では磁束による結合で信号が渡されます。 高い周波数では線間の容量で渡されます。  また、2本の線が接近していますから、1次の線が作る磁束が2次の線を囲む割合が高くなって、磁束による結合が強くなります。 
フェライトコアは一般に高い周波数で使えなくなりますが、伝送線トランスの場合は高い周波数ではコアを頼りにしていませんので、中波用のコアを使うことに問題はありません。

できるだけ帯域を広くするには、限られた線長でどれだけインダクタンスを稼ぐかというチャレンジをすることになります。

実験していて分かったことですが、末端の処理は 1GHz 程度の周波数では S21 に大きく影響します。 できるだけ最後の 1-2mm でも撚った状態を保つとよいでしょう。


[余談]
φ0.5mm のウレタン線は Twisted Pair にしたときに 35 ohm の特性インピーダンスでした。
特性インピーダンスは線のインダクタンスと線間容量で決まります。  インダクタンスは線の太さと線間距離が支配しますが、線間容量はその他の要因もあります。  線の太さと、線間距離と、被膜の誘電率と、被膜の厚さです。
使った φ0.5 のウレタン線の皮膜厚さを測ってみました。  15.0μm でした。
ホルマル/ウレタン/エナメル線の場合の被膜厚さはあまり公開されていないので調整が困難ですね。
でも、厚さは直径が細くなってもそれに比例して薄くはならないでしょうから、きっと細い線がインピーダンスが高くなるでしょう。  何種類かを実験しましたが、線径が0.2mm が 54 ohm で、0.26mm が 45 ohm でしたから 0.24mm 辺りの線が 50 ohm に近くなるようです。  あくまで特定のメーカーの同じ工程で作られたものの比較ですけど。

φ0.26mm の 45 ohm の線で実験したグラフは次のようになります。 実験5と同じ環境です。

高域での暴れはマッチングがとれているので少ないのですが、表皮効果と線の細さから抵抗分が大きく、50MHz 以上で徐々に損失が増えて S21が下がってきます。
表皮効果による抵抗の増加は線径に逆比例します。 また周波数の平方根に比例します。
計算してみると、表皮効果による損失は 200MHz で 0.56dB となり、グラフと合っています。  太い線で、それなりの皮膜厚さ(たとえば φ0.5 なら 20μm位)にして整合をとれるようにしてやると、同軸を使った時と同じ程度のいい特性になりそうですね。
φ1mm のウレタン線にウレタンの塗料のスプレイを吹き付けて、一日乾かしてから撚るとうまく 50 Ω近くになることがあります。  でも、均一に塗るのはなかなか難しいものがあります。  仮にそれができたとすると、200MHz での損失は 0.14dB と少なくなります。  しかし今度は線の取り回しが難しくなって末端処理がうまくいかず、1GHz のように高い周波数で暴れることになるかもしれません。

50 ohm の Twin Lead 線というのはなかなか売っていません。
どこかの Forum で「 CAT6 の中の撚り線が 50 ohm だ」という書きこみがありましたので、持っていた LAN ケーブルを分解して測定してみました。  92cm の長さで、インダクタンスが 562nH で、キャパシタンスが 40.2pF ですから Z0= 118 ohm です。  仕様書では 100 ±15 ということになっています。

伝送線は均一に平行になっていればいいわけですから、必ずしも撚る必要はありません。  撚らないバイファイラでもいいわけです。
では、撚るべきか、撚らざるべきか、という疑問になるわけですが、一長一短があります。
撚らない場合は、コアとの密着性が良くなりますから、空隙に磁束が抜けるのが少なくなり、自己インダクタンスが上がります。  また、撚ると全長が少し短くなりますが、それを避けることができ、さらにコアに密着できる分、巻き直径が小さくなるので巻数を多くできる確率が高くなります。  ですから、低域が伸びます。
かたや、撚る場合は平行度が安定します。 特に細い線ではそれが顕著になります。  ですから、特性インピーダンスが安定になって途中での反射が少なくなり、高域での損失を少なくできます。

まあ一般的には、太い線の場合は撚らずに、細い線の時は撚ればいいでしょう。

太い線で撚らずにバイファイラにするのはちょっと工夫が要ります。  密着して巻くとバイファイラになりません。 隣の巻線と結合してしまいます。  まず、3本の線を固く密着して巻き、末端処理をして固定してから、1本をほどきますと、巻線間にスペースのあるバイファイラができます。


[参照]
たくさんありますが、伝送線トランスを使ってインピーダンス変換をする場合はこれがいいでしょう:
1. Amidon Transmission Line Transformer Handbook
2. Transmission Line Transformers, Fourth Edition, by Jerry Servick,
      Noble Publishing, ISBN 1-884932-18-5

CQ 出版の「RF ワールド」にこの記事を掲載しました。 記述は若干の改善をしています:
RF ワールド No.48, 2019年11月1日発行