低歪率発振器
前々回の歪率計と前回の周波数カウンタに続き、低歪のサイン波発振器を作ってみました。
要求仕様
どんなものにしようかと考えましたが、私がよく使う範囲にすることにしました。
1.第2と第3のハーモニクスが、-110dBc(0.0003%)以下であること。
2.周波数はスポットではなく連続可変であること。
3.出力は無負荷で 4-6Vpp であること。
4.出力インピーダンスは 50Ω であること。
5.周波数カバレージは 10Hz-30kHz であること。
1と2は相反する要求ですが、連続可変は譲れないので努力することにします。
回路形式の選択
最初に考えたのは DAC を使ってサイン波データを送り込み、出力を軽いフィルターにかける、というものでした。
この方法の利点は振幅制御が不要なことです。
右の図はビット数とサンプル数が歪にどのような影響を及ぼすか、調査しているときの一つです。
参考=>
デジタイズと Taylor 展開とその修正
紙上でいろいろ試行錯誤した(実にたくさん面倒なことが起こります)のですが、ここはやはりこのサイトらしくアナログで行こうと決めました。
アナログなら、上の要求を満たすには State Variable 以外に選択肢はありません。
設計や部品選択時に注意すること
気を付けて設計に取り掛かります。 次のような点は要注意です。
1.発振回路に使うのオペアンプ自体の歪
2.出力端子ドライブのオペアンプ自体の歪
3.連続可変に使うレオスタットのギャングエラー
4.発振回路内部で使用するキャパシタの歪
5.発振回路内部で使用する抵抗の発熱による抵抗値の変化による歪
6.振幅制御回路が持ち込む歪
7.最低発振周波数と振幅制御回路の時定数との競合の処理
8.ハムや、周波数カウンタなどからの外来ノイズの遮蔽
回路
少し時間をかけて回路を描いてみました。 気を付けるところがたくさんありました。
発振回路より振幅制御回路のほうに力点があることは一目瞭然ですね.
そのほかに電圧計へのインターフェイスや、発振のブートストラップへの工夫も入れています。 不思議な混合器もあります。
7.5k という半端な値を多用しているのは、間違えて大量に買い込んだためです。 他意はありません。
まず U5 は重い負荷に対してドライブパワーが必要です。 歪が小さくてドライブパワーのある IC を探したところ、OPA1622 を見つけました。
しかしこのチップは 0.5mm ピッチの端子ですので半田付けができません。
下記参考のフォラムで同じ悩みが話題になっており、Breakout-Board を個人で作ってしまった方がいました。 ガーバー・データも公開されています。
探したところ中国から BoB が売られていましたのでそれを購入することにします。
10k のレオスタットは歪の元凶です。 カーボン薄膜を使うと熱容量が小さいうえに抵抗値の温度係数が大きいので低い周波数で大きな歪を発生させます。
発熱は E^2/R に比例ですので発振振幅は大きくしないようにします。 特に、抵抗値が低い位置は注意です。
カーボン製は避けて、サーメット製のもので寿命の長いものを見つけました。 後述します。
入手できたレオスタットは B のカーブですが、ほんとは C が欲しいのです。
つまみを時計回転させると周波数が高くなるようにしたいのですが、B だと ω=1/RC ですから高い周波数側で詰まってきます。
C は特注になり入手できません。 A を逆回転で使おうとしましたが、それも入手できませんでした。
U21-24 で4相の整流をします。 これで両波整流に比べてリップルを 1/3 にできますし、リップルの高調波成分が高い方に逃げてくれます。
ループの反応も助けてくれます。
低い周波数で制御回路のループの反応が遅くなります。 U32-33 を使って大きく外れた電圧になった時はループの反応を早くするようにしています。
これは 0V に近い電圧のウィンドウコンパレータですが、多分 ±10mV 辺りで動作させればいいでしょう。 一応可変にしておきます。
歪を小さくするために正帰還量を小さくしたいのですが、そうすると発振のブートストラップが遅くなって、なかなか立ち上がってくれません。
対策として、U34 がその状態を検出して、その時だけ帰還量を大幅に増やすようにしています。 これはうまくいきました。
U4 の加算回路は、米国特許の 4560958 (下記参考)を使って制御回路が導入する歪を低減させる工夫です。 この特許は期限が切れています。
U1-3 が発振を受け持ちます。 最初ドライブ力のある OPA1656 を使う計画でしたが、30kHz での裸ゲインと CMRR がそれより少し大きい LME49720 を使うことにしました。
後で気が付いたのですが、OPA1612 の方が良かったかもしれません。
オペアンプはできるだけレイルから離れたところで動作させたいので、6V 以上離してレイル電圧は ±12V とします。 9V でもいいでしょう。
PSRR は-電源側が良くないはずですので気をつけますが、取り立てて何かする必要はないでしょう。
原理的には振幅制御は 2 つの部分から成ります。 振幅検出とゲイン制御です。
振幅検出には上記のほかに Sin^2+Cos^2=1 の原理を使ってリップルをなくす方法や、ピークを保持してリップルを少なくしようという試みもあります。
掛算(二乗)回路はそれ自体がノイズを出しますので採用しませんでした。
またピーク・ホールドは神聖なアナログ領域にパルスを持ち込みますので信号を汚す恐れがあります。
ゲイン制御は JFET を使いましたが、他に CdS を使う方法と、掛算回路でフィードバック量を加減する方法があります。
CdS の実験をしてみましたが、それ自体が時間遅れを持っていますので安定せず、また自己加熱で抵抗値が変わりますので、低い周波数で歪が導入されます。
掛算回路は検出に使った時と同様にノイズが入るような気がしました。 結果的に最もシンプルな方法を採用しました。
個別事象の考察

US Patent で言及されているリップル除去のための混合割合を決めます。
U3 の非反転入力ノードのリップル電圧は、U3 で 6dB 持ち上げられます。
そのあと、4 倍の調波は積分器 1 つで 12dB 下がりますから、2 つ通ったら 24dB 下がっています。
都合 -18dB で出力端に現れます。
8 倍の調波の方は都合 -30dB。
位相はどの周波数でも 180 度で出力端に出てきます。
えーと、高調波の位置で減衰量が異なるのですから、どの調波を狙い撃ちにするのか決めないといけません。
リップルをフーリエ展開しますと、4 倍調波に対して 8 倍調波は 1/5 しかないので 4 倍調波を狙い撃ちすることにします。
ということは、元のリップルを 18dB 下げて混ぜればよいわけです。
8倍の調波については都合が悪くなります。 補正しすぎて、-30dB まで下がっていたものが -20dB まで上がります。
でももともと小さかった(4倍に比べて -14dB 下)ので THD への影響は大きくありません。

この高調波のキャンセルについてですが、2つのレオスタット間にギャングエラーがあった時は話が変わりますので考察します。
ギャングエラーがあると検出電圧に第2高調波が入ってきます。
例えば積分器の前後で 10% の振幅差が出たとしますと、左図の青い線のようになります。
上の回路で4倍の調波を消す定数では、この2倍の調波は2割程度しか落とせません。
しかし、ギャングエラーが 1% 程度ならば振幅はこの 1/20 ですから問題にするほどではないでしょう。
つぎにレオスタットです。
レオスタットは抵抗体に4つの種類があります。 巻線型、カーボン薄膜、導電性プラスチック、サーメット、です。
巻線型はちょっと使えませんので残りの 3 種類を比較してみます。
特に、温度特性が歪に直結しますのでその傾向と、回転寿命を見ます。 中国製の中には数百回の寿命のものもあります。
寿命を見る理由は、摩耗によって抵抗値が変わるのですから当然ギャングエラーが変わる可能性も大きいからです。
| カーボン | プラスチック | サーメット |
| 温度特性 (=歪) | X 200-1000ppm/deg | X 500ppm/deg | 〇 150ppm/deg |
| 寿命 | X | 〇 | 〇 |
サーメットの寿命を〇としていますが大体 5 万回程度で、プラスチックよりは良くありません。
でも時代は変化していますから技術改良があるはずだと思って探しました。 ありました!
名門の Vishay Sfernice から最近発売された P11L シリーズ で 200 万回を謳っています。 これを使ってみます。
発注したのは P11L2V0FLSY00103KA という型番で、誤差が K (10%) なので M の2倍のお値段です。
いつも購入している DigiKey では最小発注数が 40 個なので困りましたが、Mouser が1個でも受けてくれました。

続いて、レオスタットのギャングエラーについて考察します。
先行手配していたレオスタットが入荷しました。 早速角度と抵抗値の関係を測定してみました。
びっくりです、なんと A を頼んでいたのに B のカーブが出てきました。
もう一度仕様書を読んでみると、 Vishay の A は JIS の B にあたることが分かりました。 JIS の A は Vishay の L です。
しかし Mouser では L は取り扱っていません。
B で我慢するしかない。
で、角度を時刻で表して、7 時から 17 時までを取ったのが右のグラフの青と茶色の線です。 実は 2 つ購入していまして、こちらが少しだけ差が少ない方です。
Rear/Front*100-100 の計算をして誤差を比率で表したのが緑の線です。 どちらにも直列に 3.90k をつけています。 右上がりになっていますし、8時のところに大きなディップがあります。

この 8 時のディップはあまりにも大きくて補正することはできません。
7 時の値を下げるため Rear 側の 3.9k を 3.81k にし、次いで右上の持ち上がりを抑え込むため、Rear の端子 1-3 間に 240k を付けたのが紫のラインです。
なんとか水平に近くなりました。 平均的に 0% に近くするために 2.4% だけ持ち上げたのが赤です。
これは何を意味するかというと、レオスタットの Rear は Front に比べ 2.3% だけ全体に抵抗値を小さくした、ということです。
ですから、組み合わせる C は Rear 側を約 2.4% だけ多くして RC 積を同じにします。
それらの補正を入れた今回だけのオーダーメイドの回路が左下の図です。
ところで、上のカーブは反時計方向で周波数が高くなる向きです。
時計方向で高くなる方が使いやすいのですが、16時のところにあるエラーが比率としてとても大きくなる
(3倍以上)のでやむなく反時計方向で使うことにします。
ギャングエラーは最大 0.4% 位になります。 0.4% に収めることができたのはバンドのスパンを 3.5 倍に狭くしたおかげです。
また、狭くすることによって周波数調整がやりやすくなりました。
つぎにギャングエラーがあると何が起こるか調べます。

右のようにモデルを立て、X のところの抵抗を 1% 大きくして 1.01 にしてみます。
H を外し、D から A への ループをいったん切って、A から D に至るゲインと移相を調べます。
つぎに H をつないで Y の影響を調べます。
こうして解析すると、Y は全く変更しなくても移相は 0 のままで、周波数が 0.5% 低い方に移動するだけだということが分かりました。
一安心です。 なお、R2 ではなく R1 を動かしても同じ結果です。
これ以外に、高い周波数でオペアンプの内部での位相遅れがありますから、それは頭に置いて実験して適当に対処します。
周波数を決める C 群については下記参考の5に記載されている通りポリプロピレンにします。
最初マイラー(ポリエステル)にして実験したところ、やはり -110dBc 以下を狙うときは良くありません。
想像ですが、ポリエステルはポリプロよりも柔らかいので、電極間の引き合う力によって容量が増加しやすいのかもしれません。
そうなら(バイアスがない時は)奇数次で、振幅に比例的な歪になります。
参考: TDK B32021H/J ... B32026H/J シリーズ

FET の AGC は重要な機能ですのでよく考えます。 Forum のお客様からもアドバイスをいただきました。
FET による AGC については
以前の記事でも取り上げています。
直線部分を拡大するために、ピンチオフ電圧が深いものを探します。
昔あった 3SK14 (手元に4つほどあります)がいいのですが、ノイズレベルが感心しません。
J310 という JFET を使ってみました。
しかしこれでは抵抗値が低くなりすぎてしまい NF の抵抗のインピーダンスレベルが低くなって U1 のドライブ能力が挑戦を受けます。
本当は、チャンネルが深くてチャンネル幅の狭いものが欲しかったのですが、それは通常の増幅器としては異端ですので探しても見つかりません。
J310 ほどは Idss が大きくないもので、そこそこ大きいものが手持ちにありましたのでそれを使います。
LS5485 という昔の JFET です。 当時としては素晴らしい特性でした。
後継の 2N5485 も生産中止品ですが、J309 で代用できるでしょう。
Idss は 9mA で Vp は -3V です。
上で NF の変化量についてはそれほど心配しなくてもいいことが分かりましたので浅いゲート電圧で使います。
とは言っても、高い周波数ではオペアンプの内部特性が効いてきて、NF 量を変化させる必要があります。
実験結果から制御電圧は -100mV~-1400mV の範囲としました。
最上位のバンド以外では -500mV 178Ω 付近で動作させることにします。
FET と U3 につながる負帰還と正帰還の抵抗群は温度係数が低くて同じ種類のものを使用します。
昔、カーボンと金属皮膜を混ぜて使って寒い時に発振が止まってあわてたことがあります。
制御電圧が少しでもプラス側になったらオペアンプ U34 が働いて帰還量をものすごく大きくします。
素早くブートさせるのが目的です。
制御回路のステップ応答を計算してみました。 同時に周波数応答も出てきました。
積分キャパシタの 470uF に直列に入れてある抵抗値が 470Ω から 10k になった時はステップ応答が2桁以上速くなります。
これは、470u が 1u になった効果です。
黒の細い線は抵抗値が 0 の時の参照線です。 並列に入れてある 1u は、人が感じるより速くしても無意味なので、少しでも歪を下げるためです。
抵抗が大きいほど早くはなるのですが、周波数応答が示すようにリップルが減少しなくなって FET の抵抗値が揺さぶられ、歪が増えることになります。
ですから、積分器の入力電圧が0に近くなったらアナログスイッチで 470Ω にしてやります。

最終段に使うオペアンプ OPA1622 は重い負荷をドライブしますので少し発熱します。

大まかに言って右の量程度です。 小さいヒートシンクを工夫します。
組み立て
部品集めや試験的な組み立てやでずいぶん時間を使ってしまいました。 こんなに長期になったプロジェクトは初めてです。
右の図のようにパネルを組んでみました。
LCD は12時の視野という仕様でしたが、視野角がとても狭く、この角度より少し上から見ると全体が赤くなって読み取れません。
ちょっとがっかりです。 将来的には交換の方向でしょう。

試験的に組んだ時、1kHz の歪が -94dBc しかありませんでした。 散々調べたところ C 群を切り替えるロータリースイッチが原因でした。
全くの驚きです。
1段2回路だと、摺動子が他方の接点の近くに行きますから、それが原因の極間リークのようです。
それで、リレーを使ったものに全面的に変更しました。 それが右の絵です。
C 群とリレーはピンを上にして空中配線し、基板のリークを避けるようにしています。
トランスと C 群が近いのが少し気にかかります。 向きには気を付けましたが、磁束がキャパシタを通り抜けそう。
組みなおして 1kHz を見てみたのが下の絵です。 -120dBc を達成しています。
なお、US Patent の実装はもともと FET からの歪のリークが少なかったので効果はほとんど目立ちませんでした。 無くてもいいようです。

また、最初に掲げた注意事項のうちハムについては左の絵のように -150dBFS 以下にできました。 (信号出力は 2Vpp です。)
これに関しては、試験組み立て以後にいくつか改良した結果です。
案の定トランスの磁束による 3 倍と 5 倍の調波(180Hz、300Hz)がわずかに入っています。
失敗、トランスをもっと離しておけばよかった。 ショーティングバンドは巻いたんだけど。
あるいはトロイダルにして漏れ磁束を少なくする、例えば
==>これとか。
電源リップルによる 120Hz はありません。

うまくいったように思えたのですが、完全にはちょっと届きませんでした。
各バンドで、レオスタットの最大時、最小時、中央時の歪を 2nd と 3rd で採ってみると左の図のようになります。
測定条件は、出力最大の 2.68Vrms でパワーアンプを駆動し、歪率計側で入力を絞って、ADC 入力を 3.5Vpp にしています。
組んだ直後はバンド1と2で第2高調波が -100dBc ほどしかありませんでしたが、C 群の配線ワイヤの抵抗を下げたところずいぶん改善されました。
10mΩ程度でも問題です。 (これを見つけるのは難しかった) 長いプリント配線なら 0.5Φ のワイヤをべた付けする必要があるでしょう。
またリレーは金接点のツインコンタクトのものが必要です。
下の参考6の Groner 氏はリードリレーによる3次の歪みについて
Linear Audio, Volume 13, April 2017 に寄稿しています。
[余談]
同じものでも使い方で名前が変わる面白い部品
Volume Volume Controller の略 音量 調整器 |
Pot Potentiometer の略 電圧 分割器 |
Rheostat V.R. Variable Resister 可変抵抗器 |
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 Potential Meter 電位測定器 |
 Sir Charles Wheatstone がギリシャ語の「流れを設定するもの」の意の rheos-states から名付けた。 |
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Low distortion osclator audio frequency
| (10/07/2020) |  |
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低歪率 発振器 low distortion audio oscillator
作者: 藤原 武 Tak Fujiwara