MastHead

差動(平衡)のマイクロストリップライン


マイクロ波を取り扱うと、マイクロストリップラインで伝送する場合がよくあります。
最近、差動のマイクロストリップラインを使った製品をいくつか目にすることがありましたが、残念なことにそのうち3つばかりが基本を無視した設計になっていました。
マイクロ波での差動マイクロストリップラインは最近になって使われ始めたものですので、まだ多くのエンジニアが使い慣れていない様子です。

今日は通常の不平衡のマイクロストリップラインを解説して、その基礎に立って、差動型の動作のもようと設計上での注意点を考察してみましょう。

(以下の話では、誘電率εも透磁率μも正とし、Metamaterial は想定外とします)


マイクロストリップライン

構造:
まずは単純なマイクロストリップラインの話です。 プリント基板を使った、右の図のような構造のものを言います。
下側にグラウンドプレーンを置き、上側に細い信号線を描きました。 信号線を誘電体の中に埋め込んで、上下両面ともグラウンド(あるいは電源面)としたものは「ストリップライン」といいます。 ストリップラインの方が電磁界を閉じこめて伝送するには好都合なのですが、マイクロストリップラインでもまあまあの特性を持っています。 また簡単に作成できるところが買われて、盛んに使われます。

右の図のように、電気力線と磁束線は伝送線とグラウンドの間にかなり集中していて、他の所では弱くなっており、そこそこ電磁界が閉じこめられて運搬される様子が分かります。 (といっても、私が勝手に書いた図ですが)

伝送線は、理想としては、信号の減衰が無く、またその途中や入出力端での信号の反射が無いことが求められます。 その要因をひとつずつ挙げてみましょう。

TEMモードの保障:
寸法ですが、大前提として線路の幅とグラウンドからの距離は、伝送する信号の(誘電体内での)波長に比べて極めて小さいことが必要です。 まあ望むらくは 1/100 以下であってほしいものです。 やむを得ないときは 1/40 まで我慢しましょうか。

これは、図に描いた電気力線や磁束線が、その始まりから終わり(あるいはループ1周)のどの位置にあっても、同じ電界強度や磁界強度であることを意味します。  この状態で伝送が行われているモードを TEM (Transversal Electromagnetic) モードといいます。 信号の進行方向が電気力線と磁束線の両方と直角方向です。
これが、波長と比較できるぐらいになりますと場所によって異なる値となります。 以下の話は適用できません。  また輻射が発生しますから、伝達される信号はその分だけ減衰します。

途中での反射:
線路の途中で線幅が変わったり、曲がったりしますと、インピーダンスの不連続点が発生しますので、その場所で反射が発生します。 
また、グラウンド面に何かの変化があったとしても同じです。

終端での反射:
線路インピーダンスが、接続されている前や後の素子や線路と不整合のインピーダンスであるとその点で反射が発生します。  ですから、マイクロストリップラインのインピーダンスは正確に設計します(後述)。

導体間容量 C:
線路が持つキャパシタンス分 C はインピーダンスの決定要因です。 線路のインダクタンスを L とし、特性インピーダンスを Z0 とすると、簡単に言うとおおよそ

   Z0 = SQRT ( L / C )         [Ω]

となります。 (損失分を無視しています)  で、この C なのですが、線路の上側は空気の比誘電率 1 としても、より影響の大きい下側は誘電体(例えばガラスエポキシ)で、その比誘電率 εr は周波数が異なると少し違った値を示します。 ですから、パルスの立ち上がりの様な、 フーリエ展開すると多くの周波数成分を含む波形はその成分ごとに違ったインピーダンスに遭遇することになり、パルス波形が乱れることになります。

ラインのインダクタンス L:
誘電体の比透磁率についてはほとんど 1 でしょうから心配は要りません。 ただし、近くにフェライトや、わざとくっつけた電波吸収材があれば問題が発生します。 
ラインの太さや近接導体からの距離が変わるとインダクタンスが変わります。 (キャパシタンスも変わりますが。)

導体の抵抗 R:
線路は往々にして高い周波数を扱います。 GHz ともなりますと表皮効果のため電流の浸透は 1-2マイクロメートルほどに浅くなりますから、断面積が小さくなる分だけ抵抗が高くなる問題があります。  とくに、誘電体面に接触している部分は、はがれないように酸化処理やオルガノメタリック処理をして、エポキシの中にアンカーとして食い込ませる構造になっていて、 その凹凸が問題となります。 表面しか流れない電流は山や谷を乗り越えて進む結果、さらに抵抗が大きくなります。
この抵抗による損失は伝送損失です。 表皮効果は周波数の関数なので、パルス波形がくずれる要因です。  せめて空気側は酸化・硫化防止のメッキをして、平坦にしておくといいでしょう。
注意:絶対にニッケルメッキをしてはいけません。  磁性材なので表皮効果が非常に大きくなり、等価の抵抗が増大します。  金メッキの下地にニッケルメッキを使うことが多いので注意してください。
(2/22/2008追記、フォラムでのコメントを反映)
右図の導体右下のコーナーで、電界が強くなり、この部分の電流が大きくなってニッケルを磁束が通り抜けようとする結果損失が発生します。
また、基板がセラミックのときに銅との接着を良くしようとしてニッケルの下地メッキをすると致命的です。


誘電体伝導度 G:
誘電体は多くの場合高分子材でできていますが、分子が電界によって動くときに損失を発生します。 誘電体損失角正接( Tan δ) の要素として知られているものですが、モーメントがありますから周波数によって損失の量が違います。 上の R の変化と調和が取れているといいのですが、原因が違いますからそううまくはいきません。 で、これも周波数によって異なる減衰となります。
GHz 以上なら、最近は高周波用のプラスチックでよいものがたくさん出ていますから探してください。
ガラスエポキシは 2、3 GHz あたりから上では損失が大きくなりますから、注意してください。

え? もういい? 

----------
では一本のマイクロストリップラインの特性インピーダンスはどうなるかご紹介しましょう。
すべて近似式です。 誤差はまあ 3% 以内だと思ってください。 条件に注意してください。
中に出てくる εr は比誘電率。 εe は等価の誘電率で、上側と下側が異なる誘電体なので1つにまとめたもの。  ln は自然対数です。
ここでは導体の抵抗 R は 0 、 誘電体の導電率 G は 0、誘電体の比透磁率 μr は 1 としています。 単位系は MKS です。


Case 1: W が h/(2π) より小さいとき

    f(W/h)= 1/SQRT(1+12*h/W) + 0.04*(1-W/h)^2 とおき下の式に代入、
    εe= (εr+1)/2 + (εr-1)/2*f(W/h) - (εr-1)/4.6*(t/h)/SQRT(W/h)
    で εe を求める
    W'/h= W/h + 1.25/π*t/h*(1+ln(4*π*W/t)) とおき下の式に代入
    Z0= 60/SQRT(εe) * ln(8*h/W' + 0.25*W'/h) [Ω]  ...(1)


Case 2: W が h/(2π) より大きく、h より小さいとき

    f(W/h)= 1/SQRT(1+12*h/W) + 0.04*(1-W/h)^2
    εe= (εr+1)/2 + (εr-1)/2*f(W/h) - (εr-1)/4.6*(t/h)/SQRT(W/h)
    W'/h= W/h + 1.25/π*t/h*(1+ln(2*h/t))
    Z0= 60/SQRT(εe) * ln(8*h/W' + 0.25*W'/h) [Ω]  ...(2)


Case 3: W が h より大きいとき

    f(W/h)= 1/SQRT(1+12*h/W)
    εe= (εr+1)/2 + (εr-1)/2*f(W/h) - (εr-1)/4.6*(t/h)/SQRT(W/h)
    W'/h= W/h + 1.25/π*t/h*(1+ln(2*h/t))
    Z0=120*π/SQRT(εe)*1/[W'/h+1.393+0.667*ln(h/W'+1.444)] [Ω].(3)


W/h が効くことが分かります。 t は Z0 にはあまり大きな影響を与えません。
50Ωの線路は W/h が意外に大きくなりますからどのケースを使うか注意してください。
エクセルに入れておくと W や h や εr を入れるだけで Z0 が計算できる便利なものになります。

損失まで含めて詳細なインピーダンスを求めたいときは
   ==> Microstrip Analysis/Synthesis Calculator
がいいでしょう。 表皮効果分まで含んでくれています。 html ファイルをダウンロードしてオフラインで動かすこともできます。
[2013.5.4 追加情報]
私の新しいページ Diff-Line2.htm にエクセル表を掲載しています。  下の差動型を含め計算が楽にできます。



差動マイクロストリップライン

差動のマイクロストリップラインの構造は右の図です。
グラウンドに対して2本の信号線があり、この2本に逆相の電圧を与えます。
右が+なら左は-に振ります。 逆相に与える伝送法を、Odd Mode といいます。 同相に与える方法を Even Mode といいます。 もちろん差動は必ず Odd Mode ですから、以下はそれについてだけ話します。 Even Mode は本題ではないですし、線路幅の広がった1本のマイクロストリップラインとほとんど同じですから省略です。 


考え方:
グラウンドは動かないまま S1 は+に動き、S2 が同じ量で逆方向(-)に動いたとします。
S1 と S2 間の電位差は、S1 と GND の2倍あります。 ですから、S1 から出る電気力線は S2 にたくさん引き寄せられます。 S1 と S2 を接近して配置すると、そのギャップ部分では電界傾度がとても高くなり、 他に行く電気力線はますます少なくなります。 結果として、放射は少なくなり、またグラウンドやその他の部材からの影響は少なくなります。
これが、差動ラインの優れたところ(のひとつ)です。
電界は S1 と S2 が逆の電圧ですから遠くまで届きません。  これは、遠くからのノイズは S1/S2 に差動の信号を誘起しない、という意味でもあります。  磁束は、これも逆位相ですから遠くからみると相殺されて無くなります。 唯一、ギャップ部分で同じ向きになりますからそこに磁束が集中します。  よって、磁界が起源のノイズも与えたり受けたりすることが少なくなります。 あくまで、S1 と S2 が極めて接近していることが条件です。

インピーダンスの考え方は以下の通りです。
仮に S1 に+が与えられて、S2 は 0 のままだったとした場合、S1 の電気力線は少し S2 に伸びますから C が少し増えます。  これはインピーダンスを少し下げる影響であることを意味します。 S1 ラインが発生させる磁束は、S2 ラインによって妨げられますから、L は小さくなる方向です。  これもインピーダンスを下げる方向です。 ですから、接近している金属である S2 は S1 の特性インピーダンスを少し下げます。

では、S2 がマイナスに振ったとしましょう。
S1 から見ると、突然マイナスが隣に現れるわけですから、電気力線はそっちへどんどん引かれます。  また S2 が作る磁束は S1 とは逆向きですので、L はとても小さくなります。  ですから S2 の逆位相電圧によって、S1 の特性インピーダンスはとても低くなります。 
その S1 の特性インピーダンス(Z0o : odd mode での Z0)は近似的に次のようになります。
ε0 は真空の誘電率 8.854E-12 F/m です。 coth はハイパーコタンジェントです。


k=S/(S+2*W) と置き、

Case1:  0 < k =< 0.7 の場合
    k' = SQRT(1-k^2)
    Cga = ε0*(1/π*ln(2*(1+SQRT(k'))/(1-SQRT(k')) ) )

     両ケースに進む。

Case2:  0.7 < k < 1 の場合
    Cga = ε0*(1/(1/π*ln(2*(1+SQRT(k))/(1-SQRT(k)) ) ) )


両ケース:
      式 1、2、3 で使った εe と Z0 を用意する。
    Cp = ε0*εr*W/h
    Cf = 1/2*SQRT(εe)/(3*10^8*Z0)-Cp
    Cgd = ε0*εr/π*ln[coth(π*S/(4*h))]
           +0.65*Cf*[0.02/(S/h)*SQRT(εr)
           +1-εr^(-2)] 
    Co = Cp+Cf+Cga+Cgd
    Z0o = 1/[3*10^8*SQRT(Co*Co')]    [Ω]

    ただし Co' は εr を1としたときの Co。
    差動特性インピーダンス( S1 と S2 間)は、S1とS2が逆相に駆動されている状態で、
  この Z0o を2倍にしたものである。


この場合は、不平衡のラインの時に使った3つのケースと、さらに1つの条件が付加されていますので適切に選んでください。 エクセルシートはかなり複雑になりますから、腰を据えて作ってください。
S2 によって S1 の Z0 が低くなるわけですが、まあものすごくおおざっぱに言って、50 Ω だったものが 40 Ω 程度になると思っていいでしょう。 もちろんギャップの寸法などによります。 元の 50 に戻すには線の太さを3割ほど細くしてやります。




設計にあたっての注意点:

たくさん書きましたね。 まとめておきましょうか。 ちょっと追加もあります。



[参考文献]
Microwave Solid State Curcuit Design, by Inder Bahl and Prakash Bhartia, Wiley-Interscience ISBN 0471207551  
Electronics Engineers' Handbook 4th ed.,  D. Fink et al.  McGraw Hill, ISBN 0070210772

[関連記事]
差動型マイクロストリップラインの特性インピーダンス計算

[余談]
あるプリント基板を製造しておられる会社を訪問したときのことです。 製造ラインを見学して、標準的な表面実装が整然と行われているのを見て、製造技術については確立されていることが納得できました。 重役の方たちと面談したのち技術部門の方からプレゼンテーションをして頂いたのですが、「ストリップラインのインピーダンスは理論式で出したものはあわないので、実験値との誤差補正まで踏み込んでいる」とのことでした。
ところが、その「理論式」というものがちらりと見えたのですが、よく雑誌などで出てくる近似式で、それを使うときの前提条件が無視されており、その会社の実際の製品では適用できないものでした。 
近似式の適用の場合によくおこる間違いです。
議論が長くなるので特に指摘はしませんでした。

[余談2]
本文に出てきた表皮効果がどの程度かちょっと計算してみました。 2.5G と 10G のときのグラフです。
横軸はマイクロメートル単位です。 銅を想定しています。
ほとんど表面しか流れていません。 誘電体側はしようがないとしても、空気側は金メッキして、つるつるの表面にしておいてください。