MastHead

最悪条件設計


今回は回路設計をするときの心構えについてお話しします。
話題は心構えですので、回路のおもしろさなどに目が奪われないよう、非常に簡単な回路を取り上げてみます。 右の図はゼナーダイオードを使った定電圧回路です。 話を簡単にするためにアバランチダイオードで 7V 以上のものとします。

この R の値を決定するという、非常に簡単な設計です。


[目標]
1.定電圧電源であることの条件は、ゼナーダイオードに電流が流れていることです。 
2.またその電流はダイオードを加熱しますから、定格電力からディレイティング分だけ下げた電力以上を消費させてはいけません。

上の2つを満足するように設計します。
そのときの環境を詳しく見てみましょう。


[条件]
1. トランス一次側の電圧変動
100V は +-10% の変動があり得ます。 それに対して、会社としてどの程度のマージンを取りますか?
まあ仮に +-12% で設計するとしましょうか。
88V に下がったとき、目標1が満足できない可能性が出てきます。  --(A)
112V になったとき、目標2が満足できない可能性が出てきます。  --(B)

2. ダイオード D1 の順方向電圧降下
温度が高くなると電圧降下は低くなり ZD への電流は増えて目標2がきつくなります。 --(C)
低くなると出力電圧が低くなり目標1が脅かされます。 --(D)

3. 負荷電流の変化
負荷電流は変動します。 あらゆる使用条件を想定した上で、最大値と最小値はいくらでしょうか?
負荷電流が最大の時は ZD の電流が小さくなって目標1は満足できないかもしれません。 --(E)
逆の時は ZD の電流が大きくなって目標2がやばくなります。 --(F)

4. 平滑キャパシタの容量
C は新品の時は2倍ぐらいの容量がある場合もあります。 逆に年を経ると容量が小さくなって半分ぐらいになるかもしれません。 どの程度を想定して設計しますか?
低い容量の時は右図の Vout-min が低くなりますから目標1が脅かされます。 --(G)

5. トランスの製造ばらつき
コアの締め具合の変化や、巻き数の数え間違いがあります。
出力電圧が高いと目標2が脅かされます。 --(H)
低いと目標1が脅かされます。 --(I)

3. 直列抵抗 R の誤差
R が誤差を持っています。 どの程度の誤差のものを使いますか? 10%? 5%?
抵抗値が高い方の端では目標1が満足できない可能性が出てきます。 --(J)
逆に低い方では目標2が危険です。 --(K)

4. ゼナーダイオードの電圧値誤差
仕様書を見て頂くと分かりますが、かなり大きな製造誤差です。 (もちろんバンドギャップの様に小さいものもあります)
電圧が高いものが挿入されたときは目標1が危険側に動きます。 --(L)
低い方では目標2が危険側になります。 --(M)

5. ゼナーダイオードの電圧対温度
定電圧ダイオードは (7V 以上なので)ジャンクション温度が高くなると降伏電圧は高くなります。
電源投入時は室温ですが、機器はどんな場所に置かれますか? 冬に野外などということはありますか?
連続運用では室温に機械内温度上昇分を加え、さらにダイオードの消費電力と放熱によって決まるジャンクション上昇分を加えた温度になります。 いくらですか?
温度の高い方では電圧が高くなりますから目標1が悪い方に行きます。 --(N)
低い方では目標2が悪い方に行きますが温度が低いのですからこれは問題ではありません。

6. (まだまだあるかもしれません、、、、想定できることを全部洗い出せるかが鍵です)



さて、目標1が危険側になるのは
  A、 D、 E、 G、 I、 J、 L、 N
でした。 
これら全部が同時に悪い方に寄ったときでも目標1が満足するように設計します。 
これらの条件は全て R の値を小さい方に要求してきます。 すなわち R がこれ以上大きい値ではいけないという最大値 (Rmax) が決まるわけです。

目標2が危険側になるのは
  B、 C、 F、 H、 K、 M、 
でした。 これら全部が同時に悪い方に寄ったときでも、目標2が満足できるように設計します。 
これらの条件は全て R の値を大きい方に要求してきます。 すなわち最小値 (Rmin) が決まるわけです。

さて、 Rmax と Rmin で決まる R は存在しますか?
Rmin が Rmax より大きいという逆転がおきたら、条件を変更してゆきます。 例えば、トランス二次側の電圧を高くしたり、R を誤差の小さいものにしたりとかです。 また、仕様をゆるめたり、ダイオードを大きいものにして電力消費を許したり、放熱器を付けることになるかもしれません。

できますか? 簡単なように思えるかもしれません。 実際にやってみると、たいていはうまくいかないことに驚くことと思います。 たった一つの素子の値を決めるだけなのですが、まあうまくいきません。 
これが最悪条件設計です。
実際の回路はたくさんの素子でできていますから、それら全てでこのような考察を行います。 中にはものすごく寛容な値を入れてもいい場合もあります。

上の例では変数が1つ(R)しかありませんので Rmin より上で、Rmax より下という、1次元上で2つの条件式が要求する共通領域を探す作業であると認識できます。 実際の回路では素子の数が増えて、相互依存が出てきますので1次元ではなく、多次元になります。 多次元空間の共通領域を探すには、ある程度エイヤッと拘束条件を入れて次元を落とし込んだり、コンピュータを使ってやたらたくさんの計算をさせたりするやり方があります。 (実はそのたくさん計算をさせるのが私の卒論、昭和 42 年)


最悪条件設計を行うと、機器が動作不良になる確率が減ってゆきますから信頼性が高くなります。 反面、誤差の小さい部品や、一段上の許容電力のダイオードを使うなど、コストが上がる可能性もあります。

このとき、条件のひとつをゆるめてしまうか、コストが高くても信頼性を守るか、、、、エンジニアの選択があります。