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バイポーラトランジスタの温度安定性


だいぶ前になりますが、図1のような回路を見てびっくりした憶えがあります。
もちろん初心者の方が設計したようなのですが、生産装置の試験器に使われていました。 聞くと、単に4MHzぐらいまでの AC 増幅に使いたかったとのことでした。

温度変化に対して耐性が全く考慮されていない状態で、トランジスタの動作原理図をそっくりそのまま借用した形になっています。
このままでは、試作した瞬間は動作するでしょうが、季節が変ったり、空調が変ったりしたら動作点が移動して、すぐにダイナミックレンジが無くなり、動作しなくなるでしょう。

バーポーラトランジスタ回路を設計する場合は、温度変化に対する配慮をしておかないといけません。
では、何が変るのか。。。。。 この点を押えておかないと、何をしていいのかわかりません。

1. ベース・エミッタ間電圧が変ります
一定のコレクタ電流が保持されているとして、そのトランジスタの接合温度が変ると、エミッタに対するベース電圧(VBE)が変ります。  1度高くなると 2.2mV-2.6mV 低くなっていきます。

2.hFE が変ります
hFE は VBE ほど大きくは影響しませんが、温度が高くなると大きくなる傾向があります。

3.ICBO(コレクタ・ベース間漏れ電流)が変わります
漏れ電流は温度が上がると増えていきます。 ゲルマニウムトランジスタでは、初期値自体が大きな値であるため、温度が変わると設計点が移動します。  シリコントランジスタでは、変動率はゲルマニウムの時よりも大きいのですが、初期値の絶対値が小さいのであまり問題視はされません。  ので、今回は議論からはずします。

上の3つが動作点を変化させる主たる要因です。 もちろんそのほかにも、温度が高くなると許容消費電力が小さくなる、コレクタ飽和電圧がわずかに高くなる、などの影響はあります。

まず VBEがどれだけ変るか、実際に見てみましょう。 
図2のようにコレクタとベースをつないで、少量のベース電流の時の VBE が出るようにしました。  電流は 1.062mA を流しています。 ベース電流はほぼ 3uA 位になるでしょう。 20個ほど測定し、真ん中あたりにあった試料の値です。
保温したでかい耐熱ガラスのティーポットに熱湯を2リットルほど入れ、徐々に温度が下がってくるのに合わせて計ります。  素子はアルコール温度計と密着させてアルミ箔でくるみ、ポットの中央付近に来るように支えてあります。
低い温度は氷をたくさん入れて、温度が次第に上がってくるのに合わせて計りました。 全部で2日かかりました。
温度計はお店で10本ほど見せてもらい、ばらつきを見た上で真ん中のものを買いました。  校正に何を使うか考えましたが、手に入る一番精度のいいものは体温計だ、と気がついてそれと合わせました。(スパンまでは見ていません)

測ったグラフが次のものです。 これは hFE の変化も含んでしまっていますから、正確な測定とは言い難いですが、まあ我慢してください。  (ICBO の変化は等電位であるため影響ありません)

勾配は、低い温度の領域では1度当り -2.23mV で、高い温度では-2.61mV となってることがわかります。
まあ、おおざっぱに言って、機器が使用される環境では、ベース電圧は 0.45V から 0.7V ぐらいまで変るということがわかります。  これは小信号を取扱っているときの値ですから、ベース電流が大きいときは 0.5-0.8V といった値の方がいいでしょう。  要は、VBEは室温試作時に対して、上下 250mV の幅は覚悟しておかねばいけません。 

これだけ動くということが分れば、ベースのバイアス回路に注意しなければならないことが理解できると思います。


次に hFE について考察します。
元々 hFE は非常に大きな、個体差によるばらつきがあります。  同じ型番のトランジスタでも、上下で10倍ぐらいの差があるのが当り前の世界です。  例えば、2SC1815 のデータシートにはこんな記述があります:
O というのは、1960年代中頃に東芝がトランジスタの hFE ランク別に付けていたカラーマークで、オレンジ色のことです。   Y、GR、BL、もそのたぐいです。 赤(R)が一番下、青(BL)が一番上になっています。 特別に選別された場合は紫(V)という 700 以上のものもあります。
こんなに幅が広いので、もともと回路設計の時には3倍ぐらい変っても動作するように構成や常数を採用することになります。
すなわち、hFE については、温度変化に注意するのはいいけれど、それより前に素子のばらつきに注意しなさい、 ということです。
でも、やっぱり温度でどれほど変るか知りたいという方はデータシートを見ましょう。
前出の 2SSC1815 の hFE 対 Ic のグラフです。

残念ながら横軸が温度ではないので直接は見られませんが、25度の時と100度の時では150から200ほどまでに上がっているのが分ります。  (昔は横軸が温度の特性も掲げていましたが、最近は簡略化されています)


それでは、安定かどうかを何で判断したらいいでしょうか。

それは、出力点の直流電圧が、温度が低いときと高いときの両方で、自分の目的に合う範囲になっているかどうかを計算すれば分ります。 
最初の図1の場合なら、温度が高くなるとVBE が低くなってベースが電流を吸込み、 かつ hFE が大きくなってコレクタ電流をもっと流す結果になって、コレクタ電圧はどんどん落ちてゆき、信号の下側がクリップされてしまいます。  最悪では飽和して動作しないでしょう。 
温度が低いときはその逆の現象が起きます。

図1のままで hFE の変化(個体差)に対応するためにはバイアス回路のインピーダンスレベルを低くしてベース電流よりもずっと多くの電流を抵抗側に流さねばなりません。  しかし、そうすると VBE が変化したときに(テブナンの定理が示すように)ベース電流の変化が非常に大きくなり、コレクタ電位はたちまち上下します。  したがって、このままの回路構成で常数を選択することによって解決することはできません。



[参考]
VBE についての詳しい考察は次の文書が非常に参考になります。 なぜ Band Gap ダイオードが 1.24V なのかの理由も分かります。

"The Best Of Bob Pease" by National Semiconductor の "What's All This VBE Stuff, Anyhow"(P113) の章。 約20MB あります。
Bob Pease (ボブ・ピーズ)はアナログに関しては権威です。
ずっと以前のことですが、米国の雑誌 "Electronics" を購読していたときは、この人のコラムを読むのが楽しみでした。


[余談]
温度対 VBE のグラフですが、この時の測定ではベース電流は 1mA のHFE 分の 1 ですから、数 uA です。  勾配はこの電流が小さい時は大きく(2.3mV/K とか)になり、大きい時(1mAとか)ではなだらかに(1.6mV/Kとか)になります。  また、それらの線を左にどんどん伸ばしていくと、0K (絶対温度 0)で集まり、電圧は 1.24V になります。