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低周波トランジスタの NF (ノイズフィギュア)の誤解


右の図は東芝の 2SC2240 の NF を表したグラフです。  これを見て 「あ、ノイズを小さくするには信号源抵抗を 5-6kΩ にして、コレクタ電流を 20uA 位にすればいいんだな」 と思ったあなた、 それは間違いです。
このグラフは非常に誤解を招きやすいものですから、それを考察します。 少しばかり入り組んでいてややこしいですので、ゆっくりついてきてください。

(注: 以下の計算で、例が必要なときは右のグラフ中の値を採用します。)


基礎知識:

- 3つのノイズ源:
いま、Amp というオペアンプかトランジスタ素子があって、その中や周りで起きるノイズを考えます。 ノイズ源を3つに分けて考えるとわかりやすくなります。 In と Vn と Vr とでも記号を付けましょうか。
1. In は Amp の入力ノイズ電流です。 素子の発生するノイズのうち、信号源インピーダンスに比例するノイズで、単位は A/√Hz で表します。 信号源インピーダンスをかけると電圧 V/√Hz になります。  単位はバンド幅の平方根に比例するように見えますが、周波数帯によって値が異なることがあり、一概にバンド幅のルートをかけても比例しない場合もあります。
入力バイアス電流やコレクタ漏れ電流に含まれるノイズ分はこれになります。 In はジャンクションに流れる電流の平方根に比例します。  細かいですが、ホワイトノイズの部分は、   In=√(2Iq)  [A/√Hz]、  I はジャンクション電流、qは電子の電荷(1.6E-19C)です。

2. Vn はAmp の信号源インピーダンスに比例しないノイズ分です。 内部で発生するものを入力側に換算して表現し、単位は V/√Hz です。 In と同様に、周波数帯の依存性があります。 ベース拡散抵抗が発生するノイズはこれになります。

3. Vr は Amp の外にまとわりついているすべての抵抗が発生させるジョンソンノイズです。 熱雑音ともいいます。 パワースペクトルはガウス分布をしています。 単体が出す量は √(4KTR) で算出できますが、ついている場所によっては Amp で増幅されないこともありますから出力に反映される量は異なります。 単位は V/√Hz で、K はボルツマン常数(1.38E-23J/K)、T はその抵抗の絶対温度(以下 300K とします)、R は抵抗値。 ちなみに 1MΩが 1MHz のバンド幅で出すノイズは 130uV、と憶えておくと便利です。

-FET とバイポーラ:
FET はバイアス電流が非常に小さいという特徴があります。 これに伴って、 In はバイポーラに比べて少なくなるのが一般的です。 ただし、JFET のバイアス電流は温度で変化し、5 度上がるごとに2倍程度になりますから、 In はその平方根で 10 度上昇で2倍になると思ってください。
Vn については、一般的には FET の方が悪い傾向があります。 これは半導体プロセスの改善によって年々良くなっており、もうすぐバイポーラの領域に入ってくるでしょう。
おおざっぱに言って、信号源インピーダンスが低い環境にあってはバイポーラの方がノイズの発生を少なくすることができ、高い信号源インピーダンスでは FET を選択すると良い結果をもたらすことが多いといえます。

右の図は FET 入力の TI-OPA1641 とバイポーラ入力の OPA1611 のノイズ密度を示したものですが、バイポーラ入力の時はバイアス電流が大きい(FET の 2pA に対して 60nA)ので高い信号源抵抗の時にノイズが大きくなります。
逆に、FET のテクノロジーがバイポーラより劣っているために、低い信号源抵抗の時は FET の方がノイズは大きくなります。。

-信号源のレジスタンス分とリアクタンス分:
ジョンソンノイズを発生させるのはレジスタンス分だけです。 リアクタンスはノイズ源にはなりません。
よく間違えるのですが、だからといって 「リアクタンス分は関係ない」 という意味ではありません。 In によって出るノイズを電圧に換算するときはインピーダンスですから、リアクタンス分はもろに効いてきます。

-ノイズ電圧の和:
2つのガウシアンのノイズ信号 V1 と V2 があって、お互いに相関関係がない場合、それらの電圧の和 Vs は単なる足し算 V1+V2 ではなく、次のようになります。

   Vs = SQRT ( V1^2 + V2^2 )  ...(1)

つまり直交ベクトル和の絶対値と同じやり方です。 3つの場合もそれぞれの2乗の和の平方根です。
このことから面白い性質が現れます。 2つの片方が 1/5 位になると、和の中に隠れてしまって、ほとんど影響がない程度に小さくなります。 やってみますと、
   SQRT(1^2 + 0.2^2) = 1.02
1/5 あったはずなのに 1/50 しか効きません。 わずか 0.17dB です。
これはあとで面白い効果になってきます。

-入力換算のノイズ電圧:
言葉の説明だけですが、Amp の中のどこかでノイズが出ているとしても、それの場所を特定して計算するより、ノイズ出力電圧をゲインで割り戻して、 すべてを入力端子で発生するものとして取り扱うと楽になります。 この割り戻した値を入力換算ノイズ電圧と呼びます。

-NFとは何か:
NF の定義ですが、これは、「その素子を通ったらいくら SN が悪くなるか」 という値を dB で表したものです。 以下すべて電圧で話をします。 電力で考えたい方は dB の式の中の 20 を 10 で置き換えてください。 入力の信号とノイズを S(in) N(in)、出力の信号とノイズを S(out) N(out) とすると、

   NF=20*Log [ {N(out)/S(out)} / {N(in)/S(in)} ] ......(2)

で計算できるはずです。 きれいな式ですね。
ところがどっこい、これは見かけほど単純な話ではありません。

ちょっとやってみましょう。


変な計算、これでいいのか:

不思議な計算をします。 以下では単純化のために Amp のゲインを1としますが、10であっても同じ結果になります。

計算1:
入力信号が 1V で、ノイズが 1mV 乗っているとします。 Amp は入力換算で 1mV のノイズを出しているとします。 NF はいくらでしょうか?
(1) 式で、ノイズ和は 1.4mV です。 信号は入出力とも 1V です。 (2)式に入れると、

    NF=20*Log[(1.4E-3/1)/(1E-3/1)] = 3 dB

フム、なるほど。 NF は 3dB か。

計算2:
上記の状態から、入力のノイズレベルを 10 倍にしてみます。 Amp の NF はいくらでしょうか?

   NF=20*Log[10.05/10]  = 0.043 dB

エッ、そんなばかな。 同じ Amp だろ?

計算3:
おかしい。 では逆に 1/10 にしてみます。 入力に 0.1mV のノイズがあります。

   NF=20*Log[1.005/0.1]  = 20 dB

ウワッ、ありえないだろう。
これは困ったことになりました。 もっとよく考えてみましょう。 

入力信号はノイズがなく、ただ信号源抵抗 Rg が出すジョンソンノイズのみのときが理想です。 その状態をふまえて、(2) 式を変形します。
N(in) は SQRT(4KTRg) です。 S(in) も S(out) も 1V とします。 N(out) は (1) 式を使ってノイズの和をとります。 そうすると次のようになります。 Vn(source) が信号源ノイズです。 Vn(amp) が Amp の入力換算ノイズです

   NF=20*Log[SQRT{Vn(source)^2+Vn(amp)^2}/Vn(source)] ..(3)
   Vn(source)=SQRT( 4*K*T*Rg )


すなわち、NF とは、信号源抵抗の出すノイズに比べ、Amp のノイズとその信号源抵抗ノイズの和がいくら大きいか、という定義に置き換わります。 ということは、信号源の抵抗が定まらなければ NF は決まらないということになります。
高周波回路では一般的に信号源は 50Ω(又は75Ω)で話が進みますから、NF を使っていてもそれほど問題はおきません。 しかし低周波で信号源抵抗が固定であることは滅多にありません。
このように、NF という指数を信号源抵抗の定まらない Audio の世界で使うのは良くありません。 
理由1: 上記の計算の例で自明です。  信号源の SN で素子の NF が変化する。 これでは素子の指数とはいえません。
理由2: Rg によって NF が変化します。 外部の値が素子の良否判定を左右するのはおかしい話です。


トランジスタ起源と信号源起源との分離:

分離したグラフ:

(3) 式を見ると、NF と Rg(信号源抵抗)がわかれば、素子の入力換算ノイズ電圧 Vn(amp) が逆算できることを示しています。

そこで、最初の 2SC2240 の NF グラフから値を読みとって、トランジスタが出している部分だけを分離して算出します。 NF の線が無いところは適当に外装していますから不正確なところもありますが、まあ我慢してください。 傾向は正しいでしょう。

右のグラフです。

Ic 100uA、f 10Hz で、およそ
  In = 1 pA/√Hz
  Vn = 2 nV/√Hz
であることが推測されます。 けっこう良い値です。 (紹介していませんが、f=1kHz ではもっと良くなります)

もとの 2SC2240 のグラフでは入力インピーダンスの持つ X 分 (Xg) を考慮していません。 しかし発想を変えて、この Rg の値を信号源インピーダンスの値 (Zg) として解釈しても結構です。 素子の In によって出ている電圧ですので、基本的には Rg というより Zg との積です。


合算したグラフ:

上の、トランジスタが出すノイズに、信号源が持っているレジスタンス分が出すノイズを (1) を使って合算すると右のグラフになります。

これが、実際の製品が見せるノイズの量を良く表しています
これから言えることは、
 Rg をできるだけ低く、
 Xg もできるだけ低く、
 Ic は Rg + j Xg に合わせて選択、

ということですね。 ついでにいうと、コレクタ漏れ電流を少なくする上から VCB はあまり欲張らない、ということも言えます。

一般的に言うと、信号源インピーダンスがとても低くできるアプリケーションでは、大きいコレクタ電流に設定します。


良い指標は何か:

NF を使うのは感心しませんが、それでは何を使うべきでしょうか。 
素子の場合は、入力ノイズ電流と入力ノイズ電圧を、ホワイトノイズ領域、1/f との境界位置、そこから 1/10 の周波数、の3点で示すのがいいと思います。 2つ目は無くてもいいでしょうが。
また、最終消費者向けの製品レベルでは、信号源インピーダンスと測定の帯域を規定した上で、入力換算ノイズ電圧が良いと考えます。  できればそれを dBV で表せば、 SN も直ちに暗算できますから都合がいいでしょう。
ただし、これは一般消費者にはわかりにくいところがあるでしょうから、そのときは信号レベルも添えて、SN 比を dB で表す方がよいかも知れません。





[申し訳ない]
いつも 2SC2240 ですみません。 低周波小信号低雑音 Tr なら何でもいいのですが、手元にこれが百本ほどあって何にでも使ってしまうのです。

[参考文献]
Noise and Operational Amplifiers, Analog Devices 1969