MastHead
  Entry     Photo Lib     Forum     Links     Glossary     Misc.  
補聴器


以前より折に触れて聴力検査をする機会がありましたが、20年ほど前から少しずつ 4kHz (聴力検査で使う高い周波数)の感度が下がってきていることには気が付いていました。  ここ2年ほど、講習会などで聞き取れないことがあって、手を耳に当てて反射させるとよく聞こえるような状態になっていました。
人間ドックでも指摘され、かなり詳しい聴力検査をしたところ、「年齢相応の悪化です」という診断でした。

それで、補聴器を自作することにしました。 市販の簡易型のものを2つばかり購入してみたのですが、どちらも気に入りません。  周波数特性が私に合っていないし、音が大きくなるだけで、明瞭度は全くダメです。  一番気になったのは、一つが耳たぶに引っ掛けるタイプのイヤフォンだったことです。 装着に時間がかかる。
スマホのアプリケーションを使えばグラフィック・イコライザで周波数応答を調整でき、Bluetooth イヤフォンにつながります。  しかし10個ほど試しましたが、どれも時間遅れがあって、会話に使用するのには不適当でした。

人の声を目的として検討してきました。 聴力検査で出ていた数字の半分程度を補正してやることにします。
なぜ半分だけかというと、会話などの音圧レベルは聴力検査機のレベルより高いことと、 数年前のレベルまで戻せば聞き取りは容易だからです。
それで、男性の第一フォルマント辺り(300Hzぐらい)を基準にして、声を特徴づける高調波成分 1~4kHz を 強調させることにします。  反対に、200Hz 以下の音は会話の時に妨害になりますので積極的に落とし込みます。  また 5kHz 以上は了解度にほぼ無関係なので落とし込みます。 

これらを実装するために L 成分を含んだグラフィック・イコライザの回路を設計してみましたが、 IC が増えて消費電流が大きくなります。  Audacity と Equalizer APO を使いながら自分の耳の補正量を調べているうちにわかったのですが、Q は高い必要は無いようでした。
そこで、単なる CR を使った周波数特性を2段重ねた形式にしました。
なお、この補正量調査は先に自分の好きなイヤフォンを決めてから、そのイヤフォンを使って調べていきます。 イヤフォンも周波数特性を持っていますから。

右の絵は白いほうが試作品です。  これを使ってゲインや周波数特性などを実験しました。  ステレオですが、18650 のリチウム電池を入れた結果、ケースが大きくなってしまいました。
これには音の方向が分かるかもしれないと思い、耳たぶの構造を付けてみました。  確かに少しだけ効果がありましたが、それほど大きくはありません。  それで、モノラルで行くことにしました。  マイクの位置は操作パネルの反対側のほうが使いやすいようでした。
それを実装したのが黒いほうのケースです。 ケースはタカチの MX2-6-8 でゴム輪付きです。

イヤフォンは Bluetooth にしたかったのですが、時間遅延がありそうなのでケーブルで我慢することにします。(下記注)  イヤフォンは以前から Apple の iPod に使われているオープンエアのものが私のお気に入りです。  (他のオープンエアーのもの 10 個ばかりを試しましたが、音がこもるなどの問題で排除しています。)  それで、駅で時折やっている「忘れ物市」で同じものを2個ばかり余分に買ってありました。

イヤフォン感度調査をしました。 1kHz で 20mVp-p のサイン波で十分大きな音です。 rms では 7mV になります。  通常の音声波形では p-p はサイン波の8倍程度のマージンを持っていれば飽和することはまずありません。 160mVp-p です。  まあ 2kHz のブーストで最大 20dB の下駄をはかせても 1.6Vp-p ですから、R2R のパワーアンプならリチウム電池1本で余裕です。
逆に、あまりに大きい出力ですと耳が痛みますから出力を制限したほうがいいいいでしょう。  その時は下の方に描いた回路図中で、C5 に並列にシリコンダイオードを2本逆並列にしたものを入れるといいです。

マイクのほうは小型のものを物色します。  ダイヤフラムが小さいと、音の波長に対して無視できますから周波数特性が良くなります。  逆に、小さいダイヤフラムは感度を下げる要因になってしまいます。
いろいろ探しているうちに DigiKey でよさそうなものを見つけました。 PUI Audio の ROM-2235P-HD-R というもので、感度がずいぶん高くなっています。 はやりの MEMS マイクでもよかったですね。
マイクは 2mm の長さの、内径が 4mm のシリコンチューブを介してケースに接着しています。  このチューブが無いとケースにものが触ったときに「キンキン」と金属音の雑音が入ります。 試作品で経験済みです。
マイクとケースとの間に隙間があると、ケース内部がヘルムホルツ共振を起こして特定の周波数にピークが出ます。
マイク用の穴は 250 メッシュの網でほこりが入らないようにしています。

入手したマイクは仕様よりややゲインの高いもののようでしたし、机上では板面からの反射もありますから、 2kHz のゲインはボリューム最大位置で 50dB 辺りとします。 通常使用のボリューム位置を12時と仮定しています。  そこでは -18dB 位置です。

電池は 14500 のリチウムを使いました。 ケースにぴったり入ります。
電池のマイナス側は保護回路基板で金メッキなので短時間の半田付けができます。  プラス側は防爆用の穴に細い銅線を2本通してきつく縛り、その銅線を通して回路につなぎました。  本当はニッケル板をスポット溶接したいところですが、ウェルダを持っていません。(え、買えって? あまり使用頻度がないから)
電池はプリント板を切り抜いて沈下させ、0.3mm の銅板で下支えしています。  これでケースとの隙間はぎりぎりセーフです。 電池は少量のウレタン接着剤でPC板に留めておきました。
ケースは工夫して回路のグラウンドと接触させておきます。

試作機を作ってからしばらく経っていて、今回小型にするために IC を注文しようとしたら問題がありました。  TI が2次の業者を通した販売をしないことになっていたのです。
やむなく米国の TI に直接注文したら、なんと3日で届いてしまいました。  今までの輸入実績で最短でした。

その TI の bq21040 という便利なチップで充電回路を作っています。 10k のサーミスタで電池温度を見張ります。
マイクの電源の C2240 は HFE が 500 のものを選別し、電圧ができるだけ落ちないようにしています。
ここに使っている 10uF はグラウンドに落としているのをよく見かけますが、こうするのが正規のやり方です。  マイクの出力端子は FET のドレインなので出力電圧は 2.2k の負荷の両端に現れます。  なので 2.2k の上側は交流的に初段の反転入力側参照点につなぎます。 

周波数特性を決めている CR ですが、会話に邪魔な 200Hz 以下は C3、C6 で落とします。  C1、C4 で 1~4kHz を持ち上げ、耳を補償して明瞭度を上げます。  この上げる量は 10k Pot で 12dB 分可変とします。  5kHz 以上は会話には不要なので C2、C5 で落とします。

右の図は計算して求めた周波数特性です。 実測もほぼ一致しています

中間電圧は赤の LED に 100uA 流して作ります。 この時の動抵抗は 400Ω ほどです。  超高輝度なので、パイロットランプとしても使います。
ボリュームは 20kΩ の A 型を並列にして、スライダの接触不良が無いようにします。
イヤフォン・ジャックにモノラルを入れられた時のために 8.2Ω でパワーアンプを保護します。  これによる損失はイヤフォンが 32Ω なので 2dB にしかすぎません。

LM4881 は片方だけでもいいでしょう。 そのときは遊んでいるほうで中間電圧を作ることができます。
全体の消費電流は 6mA なので、100 時間は余裕です。  電池はパナソニックのセルに保護回路を追加した単3型のものです。  14500 と銘打っていますが、実際には追加している保護回路のため 2mm ほど長くなっています。  この保護回路は、過放電に対応していますので大助かりです。  充電電流の最大値は以前の USB1/USB2 の 0.5A でも使えるように 1.2kΩ で 400mA に設定しておきました。 

実際に使ってみると、ボリュームは、11時ぐらいの位置が良いようでした。  音は大きくせず、直接聞こえる音と同程度としているとよく聞こえます。 高い音だけ強調する感じ。 Pot は 10k で使用しています。 上げしろは将来に備えます。
テレビを聴いていても、耳では聞こえない虫の声が聞こえたりして、効果に驚いています。

方や、残念なところは、音の方向感がまるでないことです。  ケースは音の波長より小さいので、マイクの反対側からくる音もよく拾います。  このためイヤフォンの中では方向はさっぱりわかりません。 人間の耳と脳の信号処理はよくできていると感心します。
また、これを通すと部屋の残響がよく聞こえてしまいます。 これも、人の耳ではうまく除外されているものです。  この残響に関しては最初だけ気になりますが、慣れると聞こえなくなります。

ちょっと気になることはケースに物が触れると大きな音がすることです。 静かに置いて使います。  また、何らかの形で風防はあったほうがいいでしょう。 私はウレタンフォームを 5mm ほどの厚さで貼り付けました。


[後日談]
これを作ってからふた月ほど経った頃です。 京都大学で、生態系に関する市民向けのセミナーに参加しました。
席について、講演の始まる少し前に外で「ドドドド」という大型バイクか、マフラーを改造した車の音がし始めました。  若者がなにかやらかしているんだろうなあ、と思いましたがなかなか止みません。 音はそれほど大きくはありませんでした。
講演が始まるので補聴器をつけてみてびっくりしました。 木造の平屋の建物ですが、屋根にものすごい雨が当たっているのです。  遮光カーテンに隠れている窓にも。
「ザーザー」「パチパチ」というピンクノイズに似た音です。 その高音部分を取り去った「ドドドド」という音になっていたわけです。  補聴器の効果を再認識すると同時に、我が耳の劣化具合を嘆くという複雑な気持ちでした。

それからもう一つ。 カナル型のイヤフォンと違って、オープンエア(インナーイヤー)のイヤフォンは装着が楽です。  違和感が少なく、着けていることを忘れてしまうことがよくあります。


[後日談2]2023年8月
これを作る前に2個。 作った後でも 2023 年にかけて3個の集音器を購入して試しています。  イヤフォンコードを気にしていて、何とか同じような音質(周波数特性)を持ったものを探しているのです。  右の写真がそれらのものですが、どれもダメです。 2-3kHz に適当な広さと高さの山を持った特性のものはありませんでした。  もうほとんど諦めています。

一番左のものは Bluetooth で PC と接続し、内部の DSP の設定を変えて周波数特性を設定できるものです。  残念なことにカナル型で耳が痛くなるし、DSP の遅延があって聞き取りにくい音質になります。
この中で比較的ましだったものは左から2つ目のものです。 オープンエアで小型なので装着感が良くなっています。  ですが周波数特性は 1kHz 辺りに Q が高いピークがあって、私の耳には合いません。  数人の友人も同じように合わないようです。 (なお、これは数か月後に壊れて、右側の音量が 30dB ほど下がりました)
中央、上側のものは2つ目と似た音質でした。 また物理的に少し大きく、耳にフィットしませんでした。


[注]
Bluetooth は Codec の種類によって遅延量が異なりますが、最近出てきた Qualcomm の aptX Low Latency という商品では 40ms という短い時間になっているようです。 これより短い商品はいまのところ見つけられません。
この 40ms は空間では 14m 程度になります。  オープンエアのイヤフォンで聞きますと直接聞こえる音と、補聴器を通る音の2つは、ちょうど大きな部屋の残響と同じような響きになります。  これはあまり芳しくありません。
Qualcomm の CSR8670 ブリーフィングはこれです: CSR8670 Breafing Sheet
それを使った BoB の例です: https://www.feasycom.com/product/show-133.html

[参考]
"Considerations in Modern Multichannel Nonlinear Hearing Aids"  by Francis K. Kuk
"Hearing Aids: Standards, Options and Limitations" 2nd edi. by Michael Valente, Thieme Publishing Group, ISBN-10:3131027320
"Digital Hearing Aids" by Arthur Schaub, Thieme Medical Pub, ISBN-10:9781604060065



コメントはこちらへ==> Forum

サイトの最初のページに行くTopPage

#補聴器を自作 #補聴器の周波数特性
(08/31/2019)武        

Ⓒ Copyright 2019  T. Fujiwara      All rights reserved.
Archiving or copying this article without the author's permission is prohibited.

補聴器 Hearing Aid
作者: 藤原 武 Tak Fujiwara