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パワートランジスタの安全動作領域(ASO)


最近はトランジスタの製造も安定した寸法の確保やドーピングが行えるようになり、高耐圧のものが安価に入手できるようになりました。

それでも、パワートランジスタを使う方はどのような破壊モードがあるかを知っておくことは必要です。  今回は信頼性の高い装置を作る上で大切な、バイポーラパワートランジスタの安全動作領域 (Area of safety operation) について解説します。

まずひとつのトランジスタを取り上げ、その仕様書を見てみましょう。

東芝の、まあ一般的な 55W のトランジスタです。 オーディオの出力段に使われるもので、ダーリントンではありません。

コレクタには 80V までかけられます。 VCEO というのは、ベースをオープンにしたときのコレクタ-エミッタ間の最大電圧で、 これ以上かけたときはメーカとして「こわれても知りません」 という値です。  ベースをオープンにするというのは、エミッタにつなぐよりも厳しい条件になります。  というのは、コレクタからベースへ漏れ電流(ICB)があるのですが、解放ですとその電流は外に流れることができなくてエミッタの方に流れます(*注1)。  そのhFE倍がコレクタ電流になりますから、全損失は増加することになります。
VCBO も VCEO もベース-コレクタ間の PN 接合の逆方向耐電圧に起因します。  破壊のモードは空乏層の電子雪崩ですので、非常に短時間での絶縁破壊です。
絶縁破壊が起きると大きな電流が流れることが多いので、配線層が融けてしまう状態になります。

エミッタ-ベース間の逆方向電圧(VEBO)は3重拡散の製法ですからあまり高くなくて数V(5-6V)になります。  これ以上になると雪崩現象が起きて破壊しますのでかけないでください。

コレクタ電流の最大値は 6A ですが、これは主としてリードワイヤやチップ上の配線層の許容電流から決まる値です。 熱による融解が破壊モードですから、その部分の熱容量に相当する時間以内ならこれを超えてもただちには破壊しません。 
この最大定格はコレクタが飽和して hFE が低下してしまうときの限界を採る場合もあります。

コレクタ損失 Pc は純粋に熱の問題です。 これについてはいくつか考慮することがあります。
ひとつは、この定格表は Ta=25度C (Ta:Ambient Temperature、環境温度、放熱器温度)で規定してあることです。  高温になりますと、シリコン結晶の欠陥が増えますし、シリコン片とパッケージとの熱膨張率の差による変形や機械応力により破壊が進みます。  また、化学反応による不良発生モードでは、温度の上昇で指数関数的に進行が進みます。 
ですから、Tj で 150 度という制限が設けられているわけです。  Ta が増加していきますと損失が 55W 以下であっても 150 度に達しますから、この Pcmax は Ta の関数になります。
図で描いてみますと右のようなことになるわけです。 

今ひとつは放熱です。
Tj (ベースコレクタジャンクション温度)が 150 度にならないように、放熱器を付けて熱を排出してやれば Pcmax を大きく取ることができます。 
ところが、この 55W というのは、熱抵抗が 0 で無限大の放熱器を付けた場合のことなのです。  外部の放熱器がいくら良くても、コレクタ・ベース接合部からケース外側までは熱抵抗がありますから Tj は上昇します。
ですから現実的な放熱器を使った環境ではこの 55W よりかなり小さい値になることがお分かりですね。 上の周囲温度と合わせるとなおさらです。

破壊のモードが熱のよるものでしたので、少しぐらい超えても、一番弱い部分の熱容量に相当する時間だけは耐えることができます。


以上が仕様の 「最大定格」 から読みとれる諸元です。 しかし、実はこれ以外に重要な要素があります。
それは2次破壊 (Secondary breakdown) と呼ばれるものです。

バイポーラトランジスタは、温度に対して run-away (熱暴走)と呼ばれる傾向を持っています。  温度が上昇すると、ICB は大きくなりますが ICB が大きくなるとコレクタ電流が増え、 損失が増え、温度が上がり、 ICB が増えます。  正の循環があるわけです。  同じようなことが VBE についても言えます。  温度が高くなると VBE が低くなり、ベース電流が増え、コレクタ電流が増え熱が発生するという循環です。  (こういった現象は正しい回路設計をしていれば容易に回避できます。)
ここで、トランジスタ内部のごく狭い領域について考えてみます。
パワートランジスタは大きな電流を扱いますので、コレクタの面積が大きく作ってあります。
この大きな面は、全く均一というわけではありません。 今仮にごく一部で電流が大きくなったとします。 そうすると、その部分の温度は他よりも若干高くなります。  その部分のトランジスタ領域はより多くの電流が集中し、さらに高温になり破壊へと進みます。 
この微小部分のことをホットスポットといいます。
2次破壊というのは、こうして、熱が拡散するよりも短い時間(マイクロ秒からミリ秒の単位)で狭い領域で異常事態が発生する現象です。

上記の最大定格表にはこれの規定がありません。 しかし、スペックのグラフにはちゃんと出ています。
それが右の図です。
右上部分に斜めの線が何本かありますが、その内の一番内側(左下)を見てください。
オレンジの 1 とオレンジの 2 の線です。 1 は 55W の Pcmax を表す双曲線です(両対数なので直線になっています)。 2 の線が2次破壊を起こすかも知れない限界線です。

もう少し上の赤の 3 の線は 1ms の条件を入れて、短時間での許容範囲を表しています。 2次破壊が短い時間の現象であることが分かります。
また、2次破壊の線は 45 度より傾斜が右に下がっています。 これは電圧が上がると急激にリスクが上ることを言っています。


ついでですが、この図の上の方に 「Icmax (パルス)」 という線があります。  この記事の中程で、コレクタ電流の最大値は熱に起因するので短時間なら少し超えてもいいといいましたが、このことです。  Icmax(連続)よりも大きくなっていますね。


さて、この図で、 Icmax よりも下で、 VCEOmax よりも左で、 Pcmax よりも左下で、2次破壊の線よりも左、にある領域のことを安全動作領域 Area of safety operation といいます。  もちろんこれは時間の関数であり、また、周囲温度と排熱の熱抵抗の関数でもあります。

念のため申し添えますが「ASO破壊」という言葉はありません。 理由は自明です。

パワーアンプを設計するときは、トランジスタがこの領域をはみ出さないように負荷や保護回路などを設計していくわけです。 下の図は Q47 のケース温度と Ic と VCE を検出して ASO を近似したカーブを作成し、Q007 を使って保護をしている例です。 短いパルスに反応しない工夫や、 Q007 の VBE 温度特性の補正なども入っているのがわかるでしょうか。 その当時は電圧と電流の双方を検出して保護する回路はまだありませんでした。  私の昭和 46年頃の独創設計です。



[2015.10.25 追記]
上記は接合型のトランジスタに関する ASO の解説でしたが、FET の場合について補足しておきます。
FET (MOS も J-FET も)の場合についてもほとんど同じ考え方が適用できます。 ただし、2次破壊はありません。 ですから、ASO の右端の部分の制限がなくなります。

理由は、FET の場合は、温度が上がると電流が少し少なくなり、接合型のトランジスタで見られた熱暴走の発生がないからです。

[2020年3月19日 追記]
Forum の書き込みでご指摘がありました。
2010 年以降の ON 抵抗の小さい MOS FET は熱暴走の特性を持っており、二次破壊の可能性があります。  そのようなデバイスの使用にあたってはご注意ください。




[注]
ASO は別名 SOA (Safe Operating Area) ということもあります。

[注1]
大学時代にゼミで助教授に、コレクタからベースへの漏れ電流(ICB) がエミッタの方へ流れてしまう、ということを言ったところ「そんなはずはない」としかられたことがあります。  直感的に正しいということが分かっていたのですが、うまく説明できなくて「すみません」と謝りました。   トランジスタが出始めた頃の話です。
ICB がありますと、ベースの電位は  ICB * Rs//hie  だけ上昇します。 この上昇分はベース電流の増加を起こしますが、その増加は 上昇分を hie で除した値になります。

   ΔIB = ICB * (Rs//hie) / hie

いま、入力がオープンですから Rs>>hie です。 そうすると Rs//hie = hie ですから

   ΔIB = ICB * hie/hie  = ICB

となって、ICB はそのままベース・エミッタ間電流増加分になってしまいます。 つまり全部エミッタに向かって流れることになるのです。